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2話
こんな時、どうすればいいのだろうか。いつもは長沼に頼っているのだが、外回りに行っている。
「えっと、大丈夫」
「あんたなんかに、心配してもらわなくて結構。いい加減、見ててイライラする」
意味が分からなくて、只々不思議に思った。俺なんかに、どうにかできる問題じゃないよな。
でも後輩だし、あいつの好きな人だし。ほっとくことなんて、できないよな……と悩んでいた。
やっぱ長沼に相談するしかないよな。そんな時。就業終わりに、恥ずかしそうにしている長沼に声をかけられた。
「あの結兎先輩。今日……俺の家に来ませんか」
「……そうだな。それがいいな、邪魔するよ」
「本当ですか! 邪魔なんかじゃないです! むしろ泊まって下さい!」
「それはちょっと……」
こいつの変な空気に圧倒されて、少し引いてしまう。しかし根っからの陽キャのこいつは、何も気にしてないようだった。
言われるがままに、何故か手を繋がれて家に招き入れられてしまう。離すべきなのに、繋がれた手が熱くて離すことができない。
鼻歌混じりで、つまみを作っている。俺は適当に座ってと言われたから、ソファに適当に座った。
なんかの、猫のぬいぐるみが置いてあった。俺は可愛く思えてきて、何となくプニピニして遊んでいた。
「クスッ」
「おまっ! いつから、そこに」
「可愛いですね」
俺を見ながら言ってきたから、一瞬勘違いしそうになった。このぬいぐるみに対してだろうな。
ほんと、恋は盲目ってよく言ったもんだ。こんな勘違いされてるって、分かったらキモいって思うよな。
――――そうだよな……勘違いするな。
「いいから、相談あるんだろ」
「はい……近いうちに、告白しようと思ってます」
分かってはいたが、直接言われるとかなり堪えるな。野間のことが頭に浮かんできて、お似合いだよなと思ってしまう。
「って、ことなんですけど」
「……あっ、なんだよ」
「上の空でしたか」
何かを言っていたらしいが、全くもって聞いてなかった。しかもいつの間にか、かなりの至近距離にいた。
俺は静かに押しのけたが、少しムスッとして怒っているように見えた。相談しているのに、上の空じゃ怒るのも無理ないか。
「あのさ、何で俺なんだよ」
「先輩はカッコいいんで」
「カッコよくはないが、それと相談とどういう因果関係が」
「……はあ」
俺の言葉にため息をついて、そっぽを向いてしまう。こいつってたまに、今のように話が噛み合わないことが多いよな。
「先輩じゃないと、この相談の意味がないんですよ」
「前にも言っていたが、どういう意味だ」
「好きだからです」
俺の目を真っ直ぐに見て、真剣な表情を浮かべていた。俺の手を握ってきたから、ほんの少し自分に言われているような感覚に陥った。
「お前に好かれる奴は、幸せ者だろうな」
「それって」
勘違いするな……この好きは、俺に対しての気持ちじゃない。この数日でこいつに対する気持ちが、増しているようだった。
好きな人が他の人を見ていて、その相談に乗っている。最悪だな……好きなのに、日に日に段々とキツく辛いものに変わっている。
「先輩、だいじょ」
「触んな!」
俺の頬を触ってきて、顔を覗き込んでる。思わず手を払いのけてしまうが、直ぐに右手首を掴まれた。
怖くてこいつの顔が見れないし、辛いんだよ……。俺なんかに、時間使わないで好きな人に使えよ。
野間のことだけを見てろよ。俺なんかに、優しくすんなよな……。余計に惨めになってしまうだろうが。
「俺じゃなくて、野間に言えよ」
「……何で、そこで渚の名前が出るんですか」
何でって、お前はそのために俺に相談して来たんだろうがよ。そのことを忘れてんじゃねーよ。
「野間いいやつじゃん。確かに、口は悪いけど。人一倍、仕事頑張ってんじゃん」
「先輩は、渚のこと好きなんですか」
こいつ何言ってんだよ。そうか……俺じゃなきゃいけない理由が分かったよ。
俺が野間のこと好きだと、勘違いしてるからか。敵情視察じゃないが、俺の気持ちを聞こうとしたのか。
「心配しなくても、俺は野間のこと好きじゃないから」
「ならいいです。好きになんか、ならないで下さいね」
キツイな……頼られて嬉しかったが、この時間の裏にそんな企みがあったなんて。
掴まれている手首から伝わってくる温もりが、今はとても苦しくて重たいものに感じてしまった。
「野間が今日、泣いていたぞ」
「せんぱ」
「俺じゃなくて、野間をかま」
「何で! 渚が出るんだよ! 今、俺と話してんじゃないのかよ!」
いきなり大きな声を出されたから、体がビクン跳ねて顔を見た。すると見たこともないような顔をして、本気で怒っているようだった。
怖いから……何をそんなに怒ってるんだよ。俺の気も知らないで、勝手に怒るなよ。
「あっ、すみませ」
「もういいよ。もう、相談は受けないから」
俺がそう言うと、掴んでいる手が緩んだ。その隙を見て離して立ち上がって、顔を見ずに俺は告げる。
「お前が好きだから……これ以上、聞けない」
「えっ……せんぱ」
「仕事以外で、話すことはもう……ないから、安心しろ」
案の定、戸惑っているようだった。俺なんかに好かれていても、嬉しくないよな。
こいつの口から、気持ち悪いなんて聞きたくない。何かを言っているようだった。
聞きたくなくてその場を後にすると、何度も電話がかかってきていた。俺は出たくなくて、スマホの電源を切った。
帰路についている途中、雨がポツリポツリと降ってきた。そして、段々と本降りになってきた。
「ふっ……まるで、俺の心そのものだな」
自虐的に笑ながら、歩いている。公園を見つけて、ベンチに座って静かに頬に雫が伝う。
辛いな……もう二度と、誰かに期待なんてしないって決めたのに。気持ち悪いって、思われただろう。
もういいや……期待なんてするから傷つくんだ。忘れることができれば、苦しまなくていいから。
「時を戻せる砂時計があるのならば、好きになる前に戻りたい」
そんな叶いもしない望みを呟いても、天から降ってくるのは雨だけ。上を見上げて、止めどなく溢れてくる涙を堪えることができなかった。
次の日。風邪を引いてしまって、寝込んでしまった。玄関のチャイムが鳴り響いて、頭が痛かったが出ることにした。
「先輩……俺」
「か、えれ」
ドアを開けると、最も会いたくない奴がいた。頭が割れるように痛くて、思わず倒れ込んでしまう。
優しく抱きしめてくれて、支えてくれた。それからは気を失ってしまったようで、いい匂いで目が覚めた。
「あっ、先輩。勝手に、台所使わせてもらいましたよ」
「……んで」
「梅干しのお粥でいいですか?」
「……えれ」
「卵もいいですね」
「帰れ」
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