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3話
何でこいつは、平気そうな顔をしていられるんだよ。何もないような感じで、いつも通りなんだよ。
起き上がると、優しく微笑んで支えてくれた。何も言わずにお粥をふうふうして、口元に運んできた。
正直こいつの、真意が分からない。俺はお粥の入っている器を取って、自分で食べ始める。
「いいから、自分で食べれるから……帰れ」
「話を聞いてほしいです」
「作ってくれるのは、嬉しいが……仕事以外では、話さないって言っただろ」
自分勝手だって、分かってる。それでも、今はこいつの顔を見たくない。
俺の言葉を聞いても、何も言わずに黙っている。
それでも、今は見たくない。気持ち悪いなんて、言われたらもう二度と立ち直れなくなる。
そこで、食欲が失せてしまった。ベッド脇のサイドテーブルに、お粥の入った器を置いた。
「結兎先輩。お願いですから、聞いて下さい」
「何を言うんだよ。聞きたくない」
「聞いてくださ……泣いて」
一方的に、拒否している俺の手首を掴んできた。思わず目を見ると、真剣な表情をしていた。
最悪だよ……何で、こいつは真っ直ぐなんだよ。弱い部分なんて、見られたくないのに……。
すると掴んでいた手首を離して、優しく抱きしめてきた。本当は好きって言うつもりなんてなかった。
ノンケに言っても、何の望みもないことぐらい分かってる。それでも、好きって届けたい。
だけど、やっぱりこいつの口から気持ち悪いなんて言われたくない。だから、しっかりと諦めないといけない。
「野間のことが好きなら、ちゃんと話を聞いてやれよ」
「なんか、勘違いしてませんか。俺は別に、渚のこと好きじゃないですよ」
じゃあこいつの好きな人って、誰だよ……。同じ会社のやつじゃないのか?
俺が知らない人の可能性もあるな。じゃあ、何であんなに野間と仲良いんだよ。
「渚は、幼なじみなんですよ」
「あー、そういうこと」
通りで仲がいいわけだ。そうだとすると、益々誰が好きなのか分からない。そう思っていると、一際大きなため息が聞こえてきた。
「先輩、わざと気がつかないふりしてます?」
「はあ? 何がだよ」
こいつの言っている意味が分からなくて、只々困惑してしまう。気が付かないって、野間じゃないなら他に誰がいるんだよ。
「俺が好きのは、西浦結兎さんです」
俺と同じ名前とは、凄い奇遇だな。待てよ……俺なのか? そんな都合のいい話ないだろう。
「お前の好きは、俺とは違う。お前のは、先輩後輩として」
「勝手に決めんなよ。……鈍感もここまでくると、尊敬できる」
気がつくと目の前に、こいつの端正が顔があった。切れ長の瞳で、よく見ると左目の下に小さなホクロがあった。
俺を捉えて離さなくて、つい見惚れてしまう。唇も柔らかくて、頬も赤く染まっていた。
そこで俺は我に返って、押しのけようとする。しかしびくともしないから、困惑するしかない。
「おまっ……何して」
「初めてですか。嬉しい」
その言葉に俺が静かに頷くと、嬉しそうにしていた。こいつの首に自分の腕を回そうとしたが、すんでのところで止めた。
ここで止めよう……こいつが本気なのは、十分に伝わってきた。それでも怖いんだよ。
今は一時の気の迷いで、好きだって思ってる。だけど、好きな人ができる可能性がある。
「お前のは、一時の気の迷いだ」
「届けたい……この想いを。好きなんです」
俺の言葉に目を背けることなく、こいつは俺の目を真っ直ぐに見て言ってきた。
こいつが何を言っているのか、分からない。だけど、その言葉に全てが詰まっているように感じた。
「どうしてそこまで」
「新入社員の時に、仕事を教えてもらえなかった時期があったの覚えてます?」
こいつの言葉で、約二年前のことを思い出した。有名大学を出てるから、教えなくてもできるだろう。
そんなことを言われていて、教育係の先輩に教えてもらえずにいた。俺は只の事務だし、営業のことはよく分からん。
だけど仲を、取り持つことぐらいはできる。そのため上司に掛け合って、教育係を他の人に変えてもらった。
そういえば、その後ぐらいからだよな。俺にしつこく絡んでくるようになったのは……。
「えっと、それこそ。勘違いで」
「キスしたのにですか? 唯兎さんとなら、それ以上だって出来ますよ」
耳元で呟かれて、体がビクンと跳ねてしまった。一瞬意味が分からなかったが、直ぐに理解できた。
自分でも分かるぐらいに、体が火照っていくのを感じた。少しぐらいは、勇気を出すべきなのだろうか。
「俺は無理だよ。気持ち悪いって、思われたくない」
「誰が唯兎さんに、そんなこと言うんですか」
俺は気がつくと、高校の時の話をしていた。黙って聞いていたようだが、何となく雰囲気で怒っているように感じた。
話をし終わると、両頬を包まれて強制的に顔を見ることになった。何故か静かに涙を流している。
「……酷いだろ。人の好意を、そんな風に言うなんて。俺は好きだって、言われて嬉しかったのに」
「じゃあ何で、戸惑っていたんだよ」
「それは……ずっと、俺の片思いだって思っていたので。嬉しすぎて、反応できなかったんです」
じゃあ何か、こいつは俺に好きだって言われて喜んでいた。それなのに、俺は話を聞かずに一人で暴走してたのか。
――――穴があったら、入りたい。
そう思ったが、今度こそ信じてみよう。そう思って、長沼の首に自分の腕を回した。
一瞬驚いたようだったが、直ぐに笑顔になった。顔が近づいてきたから、俺は静かに目を瞑った。
しかし一向に、キスをしてこない。あれ……違ったのだろうか。急激に恥ずかしくなって、目をそっと開けると急に押し倒された。
「キスはしたいですが、これ以上は歯止めが効かないので。今日はもう、寝てください」
「わ、かった……」
俺に布団をかけて、ギラギラした瞳で言っていた。獣のような感じで、少し怖かった。
それでも優しく頭を撫でてくれて、安心することができた。するとニコリと微笑んで、おでこにキスをされた。
「肝心なこと言ってなかったですね。俺と付き合って下さい」
「……俺は男だぞ」
「見れば分かります」
「可愛くもないし、料理もできない。愛想だってよくないし、今回みたいに暴走するかもしれない」
俺の言葉に黙って優しく微笑んでいた。何でこいつは、こんなに綺麗なんだよ。
「それでもいいのかよ」
「はい。唯兎さん以外は、絶対に有り得ないです」
何かよく分からないが、とてつもなく重たい言葉に聞こえた。急激に恥ずかしくなって、静かに頷くとおでこにキスをしてきた。
本当はその……口にして欲しいのに。そんなことを、素直に言うのは何か癪な気がする。
「砂時計があるのならば」
もうそんなことを思うのは、止めにしよう。隣には俺を想って、笑っていてくれるこいつがいるから。
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