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1話
俺は物心ついた時から、男が好きだった。高校生の時に、好きだった同級生に思わず気持ちを伝えてしまった。
「西浦って、俺のことそんな目で見てたのかよ」
「そ、れは……」
「キモっ」
完全に引いていて、嫌悪感しか感じ取ることができなかった。俺はあの時の軽蔑の眼差しを、一生忘れることはできないだろう。
それからクラスどころか、学校全体に俺のことが噂になった。俺は完全に孤立してしまった。
「時を戻せる砂時計があるのならば、好きになる前に戻りたい」
――――それから俺は、恋をするということを諦めてしまった。
時が流れ十年後。俺はとある会社の営業事務員として、勤務していた。そこで性懲りも無く、俺は同性の後輩に片思いをしている。
俺よりも二つ下の後輩で、モテ男くんの長沼春馬だ。茶髪で両耳にピアスをしているチャラ男。
細マッチョタイプで、顔はシュッとしている。鼻筋も通っていて、かなりのイケメンだ。
正直、見た目で損している部分もあると思う。茶髪は地毛で昔から、嫌な思いをしているらしい。
そんなことを話してくれる後輩が、可愛くないわけがない。
「結兎先輩! 今日、飲みに行きません?」
「……めんどい」
「そんなこと言わないで、行きましょうよ! 相談があるんです」
正直、これ以上俺に構わないでほしい。俺にばかり構うから、他の女性社員から睨まれているんだよ。
何故かこいつは、俺に対してだけやたら声をかけてくる。だけど、期待してはいけない。
こいつはもう別れているらしいが、他部署に元カノがいたやつだ。ノンケに恋をするなんて、そんな無駄なことはもうしない。
とはいえ……ウルウルした瞳で見つめてくるこいつを、無視することなんてできるはずもない。
「はあ……分かったよ」
「結兎先輩! ありが」
「抱きつくな」
「冷たい……」
いつものように、過度なスキンシップをしてくる。そのため、俺が押しのけると悲しそうに涙目になっていた。
ちくしょー……可愛いんだが。恋愛は惚れた方が負けとはよく言ったもんだ。そして就業終わりに、半ば強制的に腕を掴まれた。
めんどくさいと思いつつも、頼られていることに嬉しさも感じていた。言われるがままに、居酒屋に連れて行かれた。
「先輩、生でいいですか?」
「ああ、適当で」
ぶっきらぼうに答えると、嬉しそうに微笑んでいた。店員さんにいつものように、俺の分も注文してくれていた。
その笑顔が一日疲れた体に、染み込んでくる。一日の終わりにこのキラキラを見ると、疲れが吹っ飛んでいってしまうような気がする。
「お疲れ様です!」
「ああ……お疲れ」
元気いっぱいなこいつを見て、不思議に思ってしまう。何でこんな根暗で、何の取り柄もない平凡な男にここまで懐いてくるのだろうか。
これと言って趣味もなく、休日はただ寝ているだけ。こんな奴に、何の相談があるんだよ。
「で? 本題」
「あー、その……」
顔を真っ赤にして、俯いてモジモジしていた。もしかして十中八九……恋愛相談だろうな。
何故か俺は昔から、恋愛相談をされることが多い。友達も少なくて、口数も少ないから誰にも言わないと思われるんだろうな。
別に誰かに頼りにされるのは、正直嬉しいと思ってしまう。でも何故か、上手くいかないケースしかない。
しかも怒られることが多くて、上手くいかないことを俺のせいにされるんだよな。
こいつもそうなのだろうか……。胸がチクリと痛むが、もし恋愛相談なら断ろう。
何が悲しくて……叶わない片思いをしている相手の恋愛相談に、乗らなくてはいけないのだろうか。
「俺……好きな人がいるんです」
「悪いが、恋愛相談なら断る。他を当たれ」
俺がそう言うと、悲しそうに俯いていた。恋愛経験もない俺なんかに、相談しても上手くいかない。
こいつには早く、誰かと付き合ってほしい。そうすれば、この叶わない想いを終わらせることができる。
「先輩がいいです……ダメですか」
「つっ……何で、俺なんだよ」
急に黙って何かを考えているようだった。悲しそうな顔をしていて、胸がチクリと痛んでしまう。
そんな顔をしないでくれよ。俺が虐めているみたいに思われると、困るんだが……。
「先輩に、聞いてほしいんです」
「俺なんかに相談しても、何もいいことないぞ」
「そんなことないです! 先輩はいつだって、真っ直ぐですから」
そう言って微笑んでいて、その瞳が綺麗で目を背けることができない。真っ直ぐなのは、お前の方じゃないかよ。
俺はその瞳に弱いんだよ。こいつに見られると、断ることができない。いつもこいつのペースに飲まれてしまう。
「はあ……もし、上手くいかなくても俺のせいにすんじゃねーぞ」
「勿論です。むしろ、先輩じゃないと意味がないんで」
「どういう意味だ?」
「こちらの話です」
さっきまでの泣きそうな顔が嘘のように、ニコニコ笑顔を浮かべている。こいつって、いつもコロコロ表情変えているよな。
本当は協力したくないが、こいつのために自分の気持ちを押し殺して手伝おう。こいつの相手に対する想いを聞けば、忘れることができるだろう。
「そういえば、お前の好きな奴って誰だ」
「……それは」
「それは後でいいとして、お前みたいなイケメンが悩むとはな」
「……その人が、かなりの鈍感なので……はあ」
こいつみたいなイケメンが、落とせないって強敵だな。どこの誰か知らないが、このイケメンに好かれるなんて羨ましい。
それからというもの、事あるごとに長沼の相談に乗っていた。しかし居酒屋で相談するのは、聞かれたくない話もあるだろう。
多分だが、こいつが好きなのは同じ部署の後輩なのだろうな。野間渚といって、今年入ってきたばかりの新人だ。
身長が低くて、ふわふわして可愛い感じだ。少し口が悪くて、他の女性社員から距離を置かれているようだ。
それでも教育係のこいつの言うことは、素直に聞いている。今だって、二人でコソコソと給湯室で話している。
「渚! おまっ」
「パワハラですか? せ・ん・ぱ・い」
「ったく……」
この光景は今に始まったことじゃない。何故か二人は最初から、仲が良くて俺には分からない空気感がある。
野間さんの前では、俺には見せたこともない表情をしている。それに、頻繁に顔を赤らめている。
間違いなくこいつが好きなのは、野間さんなんだろうな。同性にしか興味がない俺でも、可愛いと思えるもんな。
そんなある日のこと。お茶が飲みたくなって、給湯室に行くと野間さんがいて静かに泣いているようだった。
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