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 取調室で、目の前に座っている彼女を見ながら、俺はどうすればいいのか、頭を抱えていた。刑事になってから、こんな事件は初めてだ。彼女が犯人であることは、間違いない。事故現場の側のカメラには、男装をした彼女の姿が映っていたし、その他の証拠からもそれは明らかだ。そして、彼女自身、自分の犯行だと認めている。それだけなら、何の問題もないように思えるのだけれど、問題は彼女の様子なのだ。確かに彼女は自分の犯行だと言ってはいるけれど、それは本心ではなく、誰かをかばっているように見えるのだ。いや、見えるというより、そう見せてくる。必死に自分の犯行なのだと訴えながら、その言葉に、誰かをかばっているのだということを匂わせる。  どういうことなのか、というのは想像はついている。彼女は嘘をついている訳ではなく、自分の作った世界を信じているのだ。本当の彼女は、人間関係は薄く、職場でも孤立しているらしい。家族とも疎遠になっているらしく、彼女の両親は今の彼女のことをよく知らなかった。そして、彼女に恋人はいない。これらは、彼女の身辺調査をしていて分かった事だ。けれど、彼女の作った世界では、彼女は仕事はうまくいっていて人間関係もよく、恋人と同棲している。これは彼女の話を聞いていて分かった事だ。実際、彼女の家を訪れ、連行しようとした時、彼女は、誰もいない部屋に向かって、「行ってくるね」と言っていたのだ。  ただ、彼女が、被害者の3人から過去にいじめを受けていたということだけは、本当の事らしい。これまでに聞いた話を総合すると、それがきっかけで彼女は自分の世界に閉じこもるようになり、現実を自分に都合の良いように認識するようになった。だから、かわいそうだという同情の気持ちはあるのだけれど。俺の仕事としては、もうできる事はないのかもしれないけれど。  「私がやったんです。犯人は私です」  俺は何も言っていないのに、突然強い声で、彼女がそう言った。その口元にはうっすらと、満足そうな笑みが浮かんでいた。 
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