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 幸せになれば、過去の苦しみや悲しみなんて忘れられる、と思いたかったけれど、残念ながらそんなことはなかった。今私は、同棲している彼もいて幸せだし、仕事だって順調だし、友人関係だって何も問題はなくて、生活が苦しいというようなこともなく、幸せを感じながら生きているのだけれど、それでもふとしたときに過去の事を思い出すと、とても苦しくなるし、耐えられない気持ちになる。そして一度そういう感情に襲われると、お酒を飲んだり睡眠薬を飲んだりしてやり過ごすしかなくなる。だからできるだけ、過去の事を思い出さないように気を付けながら生きていくしかない。そう思ってはいても、何かの度に、過去の出来事がフラッシュバックしてしまうのだ。  それは高校生の頃、いじめられていた記憶だった。同じクラスの女子生徒3人に、私はいじめられていたのだ。その三人組には誰も逆らえなくて、周りのみんなは見て見ぬふりをしていたし、教師は教師で、逆らえないからというよりも、問題に直面するのが嫌で同じように見て見ぬふりをしていた。そのいじめは、今ほどは陰湿ではなかったかもしれないけれど、それでも当時の私にとっては、耐えがたいものだった。  何故過去にそれほど嫌な思いをしたのに、大人になってなおそのことを思い出して苦しまなければならないのか。そう思うとものすごく腹が立つ。そうした感情もまた、普段は抑えているけれど、ふとしたきっかけで思い出すと、すぐに膨れ上がってくる。もっとも、どんなに膨れ上がったとしても、私は必死でそれを自分の中だけに抑え、実際にそれを人にぶつけたりするようなことはなかった。それに、恋人と一緒にいる時や、仕事に夢中になっているときなどに思い出す事はほとんどないし、思い出したとしても、うまく取り繕うようにはしている。あまりに嫌な気持ちになって仕事を早退したことはあるけれど。  そんなふうにして過去の記憶とうまく付き合いながら生きているつもりだったのだけれど、ふとしたきっかけで、それが難しくなってしまった。私をいじめていた3人のSNSを見つけてしまったのだ。見たかったわけではない。でもSNSはたまに自分に関係のある人たちの情報をどこからなのか見つけて運んでくる。嫌な名前を見つけて、つい見てしまい、そこに載っている写真を見てそれがあの人達だとすぐに分かった。3人の付き合いは今でも続いているらしい。  私は、嫌な思い出にくるまれながら、それでもそのSNSから目を離すことが出来なかった。なぜ人を苦しめておいて、こんな楽しそうにしていられるのか。そう思うと何もかもが耐えられなくなってくる。自分が幸せかどうかなんてやはり関係ない。自分を苦しめた人たちが罰も受けずに楽しそうにしているのが許せない。けれど、顔を見るのも嫌だし、連絡を取るのも嫌だ。ただこの恨みの気持ちを何とかして伝えたい。少しは彼女たちにも苦しんでほしい。そう願った。でも結局私にできるのはそうして願うことだけだった。そして、それでも耐えられなくなって、初めてこの過去の出来事、そしてその3人のSNSを見つけたことを恋人に話した。彼は親身になって話を聞いてくれて、私は改めて、こんな話を来てくれる恋人がいる幸せを感じた。  そんなある日。ニュースで、その名前を聞いた。私をいじめていた3人のうちの一人の名前だ。最初は聞き間違いかと思ったけれど、画面に映っているのは、私の知っている名前だった。事故を装った事件の可能性がある、というようなことを言っていた。生きてはいるけれど重症らしい。同姓同名の人の可能性もあるかとは思ったけれど、その後彼女のSNSを見てみると、それまでほぼ毎日更新されていたのが止まっており、本人の可能性が高かった。ただ、それだけなら、少しすっきりした気持ちにもなったし、よかったのだけれど。  その数日後、またニュースで私は知っている名前を見かけた。私をいじめていた3人のうちの、もう一人だ。彼女も同じように、事故を装った事件の可能性があるらしく、捜査中だと言っていた。流石に私は不安になり、恋人に話してみたけれど、彼は、君の恨みの気持ちが届いたんじゃないのか、と言った。そういう彼の顔を見て、私はふと気づいたのだ。彼が私のためにやったのではないかと。私がこの恨みの気持ちを彼女たちに届けたいと言ったから、彼が代わりに届けてくれたのではないかと。  そしてさらにその数日後、私をいじめていた残りの一人の名前をニュースで見かけた。同じように事故を装った事件の可能性があり、他の二人とのつながりが分かったため、同一犯の可能性がある、というようなことをニュースで話していた。そのニュースを見る彼の顔は、何だか恐ろしくて、そしてどことなくおびえているようで、やはり彼が犯人なのだと思った。3人とも命は助かっているけれど、それもまた、彼の犯行であることを裏付けているような気がした。なぜなら、命を奪うのではなく、恨みを届け、生きて苦しんでほしい、というのが私の願いであって、それを知っているのは彼だけだからだ。  それから二日後。チャイムが鳴った。その時に感じた嫌な予感は、的中していた。ドアを開けると、スーツ姿の人が二人いて、手帳を見せて来た。警察の人たちだった。彼を捕まえさせるわけにはいかない。彼は私のためにしてくれたのだ。だから。その人たちが話を始める前に、私は言ったのだ。「犯人は私です!私を捕まえてください!」と。
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