十円の顛末

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 住宅街を抜けて角を曲がると、俺の行く手を阻むように水たまりが並んでいた。それだけなら雨上がりにはよくある光景だろう。  徹夜でソシャゲをしていたせいで目が疲れているのかと、目をこする。瞬きをしてみたり頬をつねってみたり。  なんだ、これ?  それぞれの水たまりの前に、小人がいる。  小人たちは俺の姿を見た途端、 「この水たまりはかつて聖徳太子がはまった水たまり! 値段は高いがこれにはまると知力が超人的にあがります! そこのおにーさん、いかがです?」  と言いながら、小さな算盤をはじいている。 「おいおい、だめだだめだ。知力だけじゃあだめだよ。お兄さん、この水たまりは、かの有名な徳川家康がはまった水たまりだ。大器晩成将来安泰、どうだね、お兄さん!」 「いやいや大器晩成だなんて長生きできなきゃただの気苦労ばかりの狸だろう。お兄さん、うちの水たまりはあの松尾芭蕉がはまった──」  小人たちは、水たまりの店主らしい。この通りは水たまり露店街と化していた。  それぞれが歴史に名を馳せる偉人の名前を言い、水たまりにはまったときの素晴らしい特典を売りにして商いをしているようだった。   「心配することはありません。水たまりにはまったあとは、お兄さんが行きたい場所を念じればいいのです。いそいでいても問題ありませんよ」  水たまりにはまって問題ないと言われても……。    特典が本当にあるとしても、靴の中がびしょ濡れになって不快になるのはいやだ。  そんなことより通学の邪魔だ。遅刻寸前なんだよ、構ってられない。少し遠回りになるけど別の道から行こう。  そう思いながら、それらから目をそらそうとしたそのとき――  水たまりの並びから離れたところに、ほかより少しだけ小さめの水たまりが目についた。  その前には小人の女の子。ほかの小人たちは身なりをきちんとしているのに、その子はみすぼらしい服を着ていた。いそいでいるはずなのにじっと見てしまい、うっかり目があってしまう。 「お兄さん、この水たまりはたったの十円です。誰もはまったことがないから安いんです。これにはまればお兄さんの行きたいところに行けます。行けるはずです! 買ってください」  安さに惹かれたわけではない。つぶらな瞳で訴えかけられたからでもない。  遅刻したくない、それだけだ。  俺は小人の女の子に十円を渡す。  恐る恐るそっと足を踏み入れると、ずぶっと中に吸い込まれて行く。  吸い込まれながら、小人を見ると申し訳なさそうな顔をしていた。 「ごめんなさい。誰もはまったことがないから、どこに繋がっているのか、どうなるのか……知らないんです。お兄さんの無事を祈ってますね。お買い上げありがとうございました」  吸い込まれながら見えた小人の顔は嗤っていた。    俺は底なし沼にはまったかのように吸い込まれていった。  地面に叩きつけられたどり着いたのは、別の水たまりの群生。  そこはまた、小人たちが水たまりで商いをしているようだった。 「水たまり露店街にようこそ。お兄さんは運がいい。今なら三割引だよ!」 「勘弁してくれよ……三割引ってなんだよ。金なんかねぇよ……」 「お金はいらないよ。お兄さんの寿命だったりお兄さんの身体の一部だったり。ぼくたち、それぞれ好物が違うからね」  一番手前にいる小人がにやりと嗤った。    俺は、どの水たまりを選べば、無事に学校にたどり着けるのだろう──。そもそも生きて帰れるのだろうか?  選ばないという選択肢はなさそうだ。 〈了〉 
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