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 運命からは逃れようがない、そのことが明確となった時、人々は一度壊れた。あの頃の暴挙を、僕はあまり覚えていない。あまりにも酷すぎたせいかもしれない。最後の日を待たず、多くの人の命が失われた。  こんな世界を救ったのは、諦めと祈りだった。新しいリーダーが生まれ、新たな秩序が再構築されたこの世界を僕は運良く生き延びた。そして今日、7月19日、最後の夜を迎える。 「最後の時を大切な人と共に過ごそう」  そんな有り難い提唱を僕は無視する。たったひとり、誰もいない場所で僕は最後の時を迎えるのだ。その場所は、数ヶ月前から決めていた。  幼い頃、僕はこの山で遭難し、ひとりきりで一夜を明かしたことがある。家族と(はぐ)れ、安物のスニーカーは舗装されていない山道を歩き回ってとうとう底が抜けてしまった。足裏の痛みに、もう一歩も動けず幼い僕はへたり込むようにその場へ尻をつく。  風のざわめきに、夜が押し寄せるように迫ってきてあっという間に僕を暗闇へ連れ去った。淋しくて、お腹が空いて、涙でゴワゴワの頬に手のひらで泥を塗りたくる。心細くて情けなくて、助けを呼ぶ声も枯れ果てた。翌朝、救助隊に見つけてもらうまで、僕は生きた心地がしなかった。実はもうとっくに死んでいるのかもとさえ考えた。  僕はこの時の感情が忘れられないのだ。初めて死を隣に感じた、あの夜。僕が最後の時を過ごすなら、この場所しかない。  そんな決意を胸に、僕は山道を登り続けた。ようやく山頂の展望デッキが見えてきた時、僕の足は止まった。  向日葵??  最初はそんなふうに検討外れなことを考えた。だけどすぐに違うとわかる。展望デッキの柵にもたれかかるようにして、鮮やかな向日葵色のTシャツを着た女の子が、遠く広がる街並みを見下ろしているようだった。  まさか今日という日に、こんな場所に僕以外の誰かがいるだなんて、想像もしていなかった。  一陣の風が吹き、彼女の肩までの髪を下から巻き上げるように揺らす。髪を手で押さえ、彼女はふとこちらを見た。その途端、笑顔が弾ける。本当に向日葵の花が咲いたようだった。
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