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「こんにちは!」
彼女はデッキから身を乗り出すようにして、こちらへ向かって叫んだ。僕は思わず後ろを振り返る。だけど僕以外の人がいるはずがない。
「ひとりですか?」
彼女は続けてこちらへ大声で問いかけてきた。返事を待つ瞳が好奇心のせいなのか輝いている。僕は仕方なく返事をする。
「……こんにちは。 ひとりです」
よくよく考えたら、もう「こんにちは」の時間帯じゃない。言うなら「こんばんは」だ。だけど夜の訪れを認めたくなくて、彼女も僕も「こんにちは」と言ったのだと思う。太陽は地平線の向こうへ沈み、オレンジ色の残光が小さく見える家々の向こうに横たわっている。もうすぐ夜がやってくる。
彼女は早く上がってこいと言うように満面の笑みで僕へ手招きをする。僕はもう半ば諦めて、最後の坂道を登った。
いや、諦めなんかじゃない。それはただの言い訳だ。
──この世界の終わりに、僕はたったひとりじゃない。
そのことは僕に絶望と安堵を同時に味わわせた。
ひとりでいたいのも、ひとりきりではいられないのも、すべて僕の弱さだ。世界が終わるこの時、この瞬間まで、僕は僕の弱さを思い知る。
展望デッキに足を踏み入れると、彼女は街並みを見下ろすのをやめて柵に背中を預け、僕を見る。そして言った。
「名前、聞いてもいい?」
僕が答えていいものか悩んでいるうちに、彼女はもう一度口を開く。
「私はリサ。あなたは?」
「……リヒト」
「リヒト? うん、リヒトとは気が合いそう! お互いこんな山奥で最後の時を迎えようだなんて考えるんだからね」
そうだね、こんな山奥で、たったひとり淋しく。そんな僕のささやかな計画はこの瞬間、破綻した。
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