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 世界から光が消えていく。わずかに残った日の光が地球の輪郭を型取り、そして溶けていく。少しの時間、僕らは他愛もなく雑談した。昨日はどう過ごしたのか、最後の晩餐は何を食べたのか。リサはこんな時も場違いに朗らかで、僕は錯覚を起こしてしまいそうになる。本当に今夜、この世界は終わる? 「リサはどうしてこの場所にしたの? 家族や友達は?」 「私はね、この景色を見たかったの。ほら、リヒト見て。もう飲まれ始めてる」  そう言われて僕は目を凝らす。先程よりも地平線が近づいてきているような気がした。始まった。黒い霧がもう地球へやってきている。そう実感した途端、肩口から指先にまで電流が走ったみたいに震えた。 「ああ、街が消えてく、飲み込まれていく」  僕の隣で、リサが感嘆するようにつぶやく。 「まるで夜の海だね、ううん、宇宙だ。世界が宇宙に飲み込まれていくよ。あの灯りの下に誰か居たのかな? あ、またひとつ消えた」  うわごとのようにつぶやくリサの声に、僕は耳を塞ぎたくなった。 「リサ、やめて、実況しないで」  もう街並みを見続ける余裕は僕にはなかった。だけどリサは黙らない。 「私はこれが見たかったの!」  暗闇で、リサの白目が艶やかにわずかな光を拾う。 「もう半分まできたよ」 「リサ、聞きたくない」  足がひとりでに震えだす。寒くもないのに歯がカチカチと鳴った。止めようとする意思はあるけれど、そんなことはできるはずなかった。見えない力に揺さぶられるような心地だった。  リサは相変わらず眼下の街を見下ろしている。その横顔は真剣そのものだった。そして僕に向き直る。 「大丈夫、怖くないよ、リヒト。だって不平等な世界に初めて訪れる平等が今なんだ」  その目は冴え冴えとして、僕に大切なある人の姿を思い起こさせた。
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