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 その人、ヒロは僕の胸に頭をもたげて、涙を流していた。終末宣言が為されて数日が経った頃だった。 「リヒト、黒い霧に溺れるのって苦しいかな? 息ができなくなって僕ら死ぬのかな? 苦しいのも痛いのも嫌だよ……耐えられない」  僕の背中に回したヒロの手のひらから、わずかな振動が伝わってくる。僕は慣れ親しんだその細い肩を支えることすらできなかった。僕自身、後ろ向きな答えしか持ち合わせていなかったから。  ようやく口にしたのは、こんなどうしようもない言葉だった。 「僕だって怖いよ。でも僕らにはどうすることもできないんだ。ただ運命を受けいれることしか」  僕のその言葉は、ヒロを大いに失望させたのだと思う。すっと僕から身を離したヒロのあの目を、僕は今でも忘れられない。冷たい光を宿すその目は、どうしようもなく悲しい方角へ向けられていた。あの時すでに、ヒロの心は決まっていたのだ。 「抗うことはできるよ。決めるのは運命じゃなく僕自身だ」  ヒロのその言葉の真意を知ったのは、僕が彼を永遠に失ったあとのことだった。ヒロは人類の滅亡を待たず、一足先に多くの同志と共に旅立った。あんなに痛みを恐れていたヒロがどんな最後を迎えたのか、僕には知らされなかった。  それから、ずっとひとりだ。世界の終わりの暗闇の中を、僕はたったひとりで最後の(ひと)呼吸まで生きようと決めた。何を諦めたいのか、何を償いたいのか、もう考えることをやめた。
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