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3
瞼の裏が白く焼かれ、僕は目を覚ました。
息を吸おうと懸命に開けた口へ水蒸気のような濃い霧が流れ込み、僕はむせて身を起こした。
しばらく咳き込んで気付く。ここは? ひんやりと冷たい空気。朝の山の空気だ。
僕はこの朝を知っている。泥で汚れた頬が湿気で洗われる、濃い朝靄の匂い。木々の隙間から見上げた白んでゆく空。絶望とも希望とも言い切れない曖昧な白。
横を見る。向日葵色のTシャツ。
「リサ、リサ! 起きて、朝が来た……朝が来たんだ」
「ん……」
リサは顔をしかめ、眩しそうに目を細める。それから唐突に起き上がった。
「そんな、どうして」
「わからない。でも、世界は昨日で終わらなかったんだ」
僕はまだ生きている。その感慨を、リサの悲鳴に似た泣き声が遮った。
「いやだ、やだよ、朝なんて永遠に来ないはずじゃなかったの!? 終われるはずじゃなかったの!?」
小さな子どものようにリサは体を縮め、地面に頭をこすりつけながら泣きじゃくる。
僕はその光景をあっけに取られながら眺めた。昨日のリサはどこへいってしまったんだろう。目の前のこの女の子は本当にリサなのだろうか。一夜にして、彼女は別人にすり替わってしまったかのようだ。だけど、僕の心もまるで昨日とは別人のようだ。昨日まであんなに弱気だった僕は、ピンと真っ直ぐに帆が張られたように今は背筋を伸ばしている。
「リサ、山を下りよう。僕らの他にもまだ誰か残っているかもしれない」
リサは地面から顔を上げた。涙の混じった泥が白い頬を汚している。その目は不安と絶望にしぼんでしまいそうに見えた。
「山を下りたら、また日常が始まるんでしょう? 残った人々とこれまでと変わらない生活を送るんでしょう? わかってるんだよ」
リサはいやいやをするように泥だらけの両手で顔を覆い、頭を振った。それからまた土の上に顔をこすりつける。小さな背中が震えていた。
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