住んでみる

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 色々な話を聞いたけれど、もう、この家に住みたいという思いでいっぱいになって、私はその場でこの家に住むことを決めた。  ただ、実際に住み始めて不便だったのは、とにかく暗い。いや、黒い。  朝でも昼間でも、とにかく電気をつけていないと暗すぎて何も見えないのだ。  不動産屋で見たときに窓だと思っていた外から見ると黒く塗った格子がはまっている場所も窓ではなく外からの風を入れるには天井のすぐ下にある5cm程の横長の細い窓を開けるしかない。  屋根の下になるので、裏まで黒く塗って、庇が大きく出ている屋根のしたでは風は入るが光は入ってこないのだ。  浴室も結局は同じだった。  外からの覗き防止だと勝手に勘違いしていた私は、これは外の光を入れないための窓だったのだと気付いたのは最初にお風呂に入った時だった。  換気の為、お風呂から上がって窓を開けたのだが、部屋と同じに窓の下まで黒く塗った屋根が下がっていて、風は通るが光は入らない。  庭の砂利も皆、何処から持って来たものか真っ黒で、反射の光すら入ってこない。  それでも、どうせ、会社に行ってしまうのだから昼間の事はあまり気にならなかった。  夜帰宅して電気をつけるのは普通の事だったし、朝暗いのだけ我慢すれば普通に住んでいられた。    一か月が過ぎた頃から異変は始まった。  まず、推しのフィギュアや、顔写真の入ったうちわと言った、顔のついた推しのグッズが無くなるようになった。  最初の頃はどこかに紛れてしまったのかと、黒い部屋の中で懐中電灯までつけて探し回ったが、何処にもない。  これはペットがいなくなったのと同じ原理なのかしら?私は思いながらも、顔のあるグッズは顔を隠して荷物の中に置くようにした。  すると、不思議なことにグッズの紛失がとまったのだ。 『ふぅ・・ん。目が見えると駄目なのかな?』  何となくそう思いながらこれまでの人が出て行っていた3か月を過ぎた。  不動産屋からは何度か連絡があり、私が一人でこの家の中で亡くなってはいないか確認している様だった。  6か月が過ぎる頃には不動産屋からも連絡が来なくなった。  その頃、夜眠っていると嫌な夢を見るようになってきた。  寝室も当然のように壁は真っ黒に塗られている。  推しのポスターを貼ろうとしても画びょうも通さないしテープで貼っても剥がれ落ちる。  どうしても、どの部屋も真っ黒なことには変わりはなかった。  そんな真っ黒な部屋の壁から夢の中で何かが飛び出してくるのだ。  真っ黒なドーベルマン。真っ黒なプードル。真っ黒な猫。真っ黒なインコ。うん。カラスではなかった。インコだった。  私は鳥が好きなので多分間違いではない。  きっと消えてしまったペットが夜中の真っ黒な部屋の中に遊びに出てきているのだろうと、呑気に夢の中で思いながら特段恐い思いもしなかった。  夢の中には壁から黒い手が出てくるようになった。  私の足首を掴んで、布団から引きずり出そうとしたり、そのまま壁の中に入ろうとしたりした。 『ちょっとぉ、ありきたりの怖がらせ方だなぁ。よく読む夏の怖い話のまんまじゃない。』  そう思いながらも嫌な汗をかいて目を覚ます。  足首を見ると、真っ黒な人の手形がべったりとついている。  洗い落そうとしたが、何故か落ちない。痣のようになり、私の足首には真っ黒い手形が何かを染み込ませたようについたままになった。  会社に行くのに困らない場所すべてが真っ黒になったのは、不動産屋と約束していた1年後の事だった。  この頃には家の中の電気をつけなくても不思議と物が見えるようになった。  引っ越しの時に持ってきた推しの事は忘れていた。  怖いとは思ったが、体調にも変化はなく、ただ体全体が黒くなっていっただけだったので、気味が悪くても私はずっと住み続けていたかった。 『更新をどうしますか?』  と、聞いてきた不動産屋に、何の迷いもなく 「このまま住みます。」  と答えたのは、この屋敷の何かに最初から魅入られていたからなのだろう。  やがて、会社に行くのには長袖とスラックスが欠かせなくなり、首元にも常にスカーフが必要になった。  黒い耳を隠すために髪を伸ばし、黒い口元を隠すためにマスクをして会社に通った。  私を黒くする者は、このごろは壁から出てきて私と交わってから消えていく。黒くなる速度は交わり始めてから早くなっていた。  私が交わるのを拒否しないのはその人がこの家の尊い方で、この場所は黒く塗られた尊い場所だから。    そのうち、家に出てくる水道の水も黒くなった。でも、飲んでもふつうの水の味なので、普段通りにお料理や飲料水に使った。  やがて、顔全体が黒くなったころ、私は妊娠している事に気が付いた。  おかしなことだ。  夢の中の人物と交わっているだけなのに妊娠するなんて。きっと想像妊娠だろう。  そう思いながらも会社はもう、辞めざるを得なかった。  顔全体が黒くなってしまったからだ。  私は家にこもるようになったが、不思議なことに黒く塗られた備え付けの冷蔵庫の中には常に食料が入っている。働かなくても大丈夫なようだ。  外に出なくても十分に生活ができた。  やがて、私のお腹はどんどん大きくなり、その家の中で一番広い10畳の部屋で出産に臨むことになった。  あら?おかしいわ?私は想像妊娠のはずなのに。  黒い屋敷の中では何人もの黒い人たちが動き回り、出産の準備をしている。  その時、不動産屋が合い鍵を使って入ってきて、玄関から部屋の灯りを付け始めた。 「小林さん。大丈夫ですか・・・・あっ・・・・・・       警察ですか?不審死です。すぐに来てください。」  私は、この家の尊い方といつの間にか結ばれていたのだ。  そして、子供を産んでいる最中に不動産屋が入ってきてしまった。  そして、不動産屋の声を聞くと、私は死んでいるようだ。  いつ?私はちゃんと生活していたのに?  警察が踏み込んできて、私は解剖に回された。  亡くなって半年がたっていたようだ。  おかしいな赤ちゃんは今産まれそうだったのに。   今にも産まれそうだった、もう頭が出始めていた赤ん坊を私の身体から取り出すと解剖医は私を切り開いておののいた。  私の内臓は真っ黒になっていて、私が小林 尚子という人間だったことがわからない程に顔も変わり果てていたから。  生まれてくるはずだった、まさしく私から出ようとしていた赤ん坊も可愛そうに司法解剖された。  見た目も真っ黒。赤ん坊の内臓も真っ黒で、人間と同じ機能はあるものの、何の物質でこんなに黒いのかは、結局は不明になった。  肉体は解剖されてしまったけれど私の魂は赤ん坊と一緒にあの屋敷に帰った。  たくさんの黒い動物たちと一緒に、尊いお方と共に、この黒い屋敷の中でこれからも楽しく生活していくのだ。  私はこの方に選ばれたのだから。  この方は貴族の末裔。  生まれつき、不思議なことに黒かったので、この黒い屋敷を与えられ、黒い見栄えの上、成長と共にヤギの角が生え、龍の尻尾が伸びた。その姿の代わりに永遠の命を授かっていたのだ。  その方と交わって、赤ん坊まで生まれた私は貴族の血を引く我が子と一緒にこれからもこの屋敷に住んでいく。  赤ん坊には尊いお方と同じようにヤギの角が生えてくる兆候として頭に可愛らしい突起がある。お尻には既に短いが棘の生えた龍の尻尾が生え始めている。  昔の鬼神により護りがなされているこの屋敷は、普通の人間には壊すことはできない。  そして、誰かが入ってきたとしても気に入ったものだけを屋敷に取り込み後は追い出せばよい。  さぁ、これからも尊いお方のお気に入りの動物や人間が来るの良いのだけれど・・・ 【了】        
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