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図書館で読めない彼
「これ、お願いします」
「あっ、はい。では貸出カードをお願いします」
また来た、いつもの彼が。
彼がこの図書館に通い始めてから、そろそろ三ヶ月くらい。貸出カードを作る際の手続きで、彼が大学生だということは分かってる。
だけど毎回ここで勉強していくわけじゃなければ、何か読んでいくわけでもない。ただ決まって、彼は……
「あの……いつも同じ本借りられますよね」
「ああ、そうですね。好きなんで」
「でもそれ、元々アナタが寄贈してくださった本ですよね」
「まぁ、そうなんですけどね。今日もまた借りに来ちゃいました。会いたくて」
「えっ? それって……」
「この本に」
「……あっ、ですよねぇ〜……」
屈託のない彼の笑顔に、一瞬でも何を期待してたんだか、私のバカ。けど仕方ないじゃない。二十代後半にもなってなかなか良い出会いがなければ、ちょっと年下の男の子が気になりもするわよ。
それにしても、私がこの図書館で働き始めて三年以上が経つけど、彼みたいな人は初めて。だからこそ気になったし、今こうして初めて、こちらから話しかけている。
だって……私も読んでみたいから。
「そんなにその本が好きなら、なぜ寄贈してくださったんですか?」
「それは一人でも多くの人に読んでほしかったのと、あとは……」
言いかけて、彼の目線が私から見て右上の方に向いた。確かそれって、過去を思い出している証拠――って、この図書館に置いてある本で読んだことがある。
でもそんな本を読んだところで、それ以上のことは読めないんだけどね。
「……やっぱりどうしても借りたかったから、ですかね」
「借りたかった?」
「この本、子どもの頃によくここで借りて読んでたんです。そしたら母が『そんなに好きなら』って、本屋さんで同じ本を買ってくれたんですけど……それはそれで、どうも読む気がしなくって」
「いつでも読めるのに?」
「う〜ん……だからこそなんだと思います。もしかしたら僕は、『この本をここで借りていくこと』自体が好きだったのかもしれません」
そう言うと、自分でも困ったような顔をして笑う彼。まるで無垢な少年みたいというか、さぞ大学ではモテるでしょうね。
だけど、彼も子どもの頃からここに通っていたなんて意外。私も子どもの頃からここに通っていたし、何ならずっとここで働きたいと思っていたからこそ、一生懸命勉強して司書の資格を取ったんだもの。
まぁ、勉強目的でここに通ってた頃なんかは、周りを見る余裕なんてなかったけど……もしかして私たち、お互い気づかないうちにここで会っていたりする?
「……変わってますよね?」
「さぁ? 借りる理由は人それぞれですから。けど好きな本があって、それを読むためのこだわりがあるって、素敵じゃないですか」
「あはは……ありがとうございます」
素直に褒めたら、またしても困った顔をされたというか、今度は照れくさそうな顔をされた。そんな彼の表情の移り変わりが、だんだん可愛く思えてくる。
とはいえ、やっぱり私も変だとはおもうけどね。いくらその本が好きだからって、それしか借りていかないし。他の人にも読んでほしいから寄贈したって言うけど、その彼が度々借りていくんじゃ、他の人が読めないし。
大体、そこまで強烈なこだわりを見せられたら、私も気にならざるを得ないじゃない。彼だけじゃなく、その本にもね。
「ちなみにお姉さんは、この本読んだことありますか?」
「いやぁ……まだないですね」
「そっか。じゃあ今日は借りるのやめときます」
「えっ? でも……」
「よかったら読んでみてください。そして今度また借りに来たときに、ぜひ感想を聞かせてください」
「ああ、はい……ありがとうございます」
まさか図書館に務める私が、逆に利用客から本を薦められるとは。こんなことも初めてだから、つい戸惑ってしまう。
それでも彼があまりにワクワクした表情で薦めてくるものだから、私も流されるままに返事しちゃったけど……何だか申し訳ないことをしちゃった気がする。彼から『借りる』という醍醐味を奪ってしまったみたいで。
けどまぁ、彼も「それじゃ」と満足げに帰っていったし、『今度また借りに来る』とも言ってたから、これはこれで良かったのかな?
それに、またここで会う約束をしたみたいで私も嬉しいし……あくまで司書としてね!?
さて、せっかく彼が大好きな本を薦めてくれたんだもの、次に借りに来られるまでに読んでおかなきゃ。私なりの率直な感想を述べられるように――
――少しでもアナタの心が読めるように。
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