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数日経った。
部屋の中は雨戸を締めきっているので朝でも真っ暗だ。布団に包まって今後の事を考えている。もう人生は終わったも同然だ。仕事は無くし、最愛の彼女にも見捨てられた。幕引きを決める時間がきたのかもしれない。雨はまだ降っている。今なら人目をあまり引かずに事を済ませられるかもしれない。列車か?車か?ビルか?どれも決められない。自分の意気地の無さに嫌気がさす。
更に数日が経った。
相も変わらず布団から出ずに悶々としていた。口にするのは酒と煙草とちょっとしたおつまみのみ。そんなものばかりで身体がもつはずもなく、体調は頗る悪い。だが、最早どうでもよかった。出来ることならこのまま布団の中で生涯を終えたいとまで思っていた。
雨はまだ降っている。
僕はなんとはなしに着替えて夕方の街を練り歩くことにした。勿論傘なんてものは使わない。びしょ濡れになりながら虚無の感情のまま、無思考であちこち歩きまわる。まるで不審者だ。自嘲気味に少し笑うと、ほんのちょっとだけだが元気が出た。
「あの……、これ使いますか?」
いきなり声をかけられ、ハッとして前を見る。そこには若い女性が立っていた。当然だが、その手には傘が握られており、降りしきる雨を避けている。こんな土砂降りの中、雨具も差さず歩き回っている自分の様な怪しい男に話しかけるなんて勇気あるな、と場違いな事を考えていると、女性はこう続けた。
「大丈夫ですよ。私の家ここなので」
と、近くのアパートを指さす。どうやら僕の沈黙を誤解したらしい。それが面白くて声を出して笑ってしまった。女性は顔にクエスチョンマークを浮かべている。それはそうだろう。だが、次の女性の言葉で僕はその笑いを引っ込めた。
「あの、間違っていたらすみませんけど。もしかして飯山先輩じゃないですか?飯山隆先輩」
「えっ、うんそうだけど」
不躾ながら女性の顔をジロジロ見る。どこかで見た記憶がある。確か……。
「もしかして田中さんか?田中真紀さん」
「ええそうです。覚えていてくれて光栄です」
女性、田中真紀はそう言って微笑んだ。
田中真紀は僕が大学四年の時に入学してきた子だった。サークルの飲み会でちょっと盛り上がった子だったので覚えていたのだ。だが、彼女は直ぐに大学から姿を見せなくなったのだが。
「折角ですし、あがって行きませんか?汚いところですけど」
そう言うとこちらの返答も聞かずにアパートの中へ入っていったのだった。
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