雨上がりの恋人

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「…ここですか。」 「そう、これがさっき話した水溜まりの場所だよ。」 彼は私に不思議な話をしてくれた。この街の外れにある森の中に、とある言い伝えが残っている水溜まりが出来る場所があると。それは森の中に突如現れた平たい一枚岩で、雨上がりには岩の表面の窪みに水溜まりが出来るらしい。森の中にポツンと大きな一枚岩がある理由は誰にも分からず、この岩に出来た水溜まりは異世界に繋がっており、覗き込むと何者かに引き込まれてしまうという話を、小さい時に祖母から聞いたと、彼は話してくれた。 彼は軽やかに岩に登ると、私に手を差し伸べてくれた。登って視線を下に向けると、確かに水溜まりが出来ていた。 「ここは、森の中でも木々がすぐ近くには無いから陽の光が射し込んできて、雨上がりの水溜まりが綺麗に輝くんだってさ。水溜まりが輝く時に異世界と繫がってるんだってさ。」 彼の言葉を聞いて空を見上げると、少し曇りがかっていて陽光が射す感じはしなかった。 「誰かその体験をした人はいるんですか?」 「まさか、単なる都市伝説だよ。…ん?」 私は彼と同時に空を見上げた。今さっきまで曇りがかっていたはずが、一瞬で雲一つない快晴へと変わっていた。 「…さっきまであんなに曇ってたのに…。」 「…まさか、水溜まりの力で空が晴れたのか?」 彼は空をじっと見つめながら呟いた。 …まさか。と私は思ったが、次の瞬間、遮るものが何も無いこの場所に陽光がすーっと射し込み、水溜まりは陽光を浴びてキラキラと輝き出した。 「綺麗…。」 「あぁ、僕も初めて見たよ。まさか本当に…。」 私は彼よりも一歩前に出てそっと水溜まりを覗き込もうとした。反射した陽光が眩しくて目をずっと開けておくことが出来なかったが、揺らめく水面に自分を見つけた。 「あ、あのさ。」 彼の言葉が背後から聞こえた途端、頭がクラっとした。 「そういや、ずっと名前聞くの忘れてた。僕は…。」 彼の言葉の途中で私の記憶は途絶えた。
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