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「新郎新婦の入場です」
司会者のアナウンスで、披露宴会場の真っ白でシンプルなドアがゆっくり開いた。
登場した新郎新婦の姿に、招待客たちは拍手をすることも忘れ、ザワザワしだす。
ほうら、ごらんなさい。言わんこっちゃない。
新婦である、黒いウエディングドレス姿の娘に、私は目顔で言ってやった。
ウエディングドレスが黒い、なんて誰がサプライズだって思うのよ。
娘のウエディングドレスが黒のドレスだと知ったのは一週間前だった。
「黒?」
「そうよ。黒いドレスにしたの」
夕食も終え、並んで食器を洗っている時に告げられた。危うく、お皿を落っことすとこだった。
「本当に黒にしちゃったの? やめときなさい。今から変更できないの? 黒いドレスって、喪服みたいじゃない。何でわざわざそんな色にするのよ」
娘はお皿をガチャガチャ、音をたててすすいだ。
「黒イコール喪服って、古い」
「古い? ちょっと、雑にすすがないで」
注意するとふくれっ面になって、
「今、ウエディングで黒が注目されてんのよ」と説明した。
「注目されてる? 母さん知らないわよ。って、ことはまだまだ黒いウエディングドレスを着る人は少数なんでしょ」
「そんなことない。黒いウエディングドレスは『あなた以外には染まらない』っていう意味も込められるんだから」
本当かどうか信じられなかった私に、食器を片付けた後、娘がWEBの記事を見せてくる。そこには確かに今注目されているようなことを書かれていたけど。
「親戚の人もくるのに、黒だと納得しないかもだよ。それでもいいの?」
とくにお義姉さんは、親戚の集まりなんかで「こうした方がいいわよ」と、アドバイスしてくる方だ。アドバイスは親切心からで悪い人ではないが、右と言えば右。左という考え方があっても、一切耳を貸さない頑固な人なのだ。きっとお義姉さんなら、式のドレスはこういうの、という考えがあると思う。黒いウエディングドレスに納得されるかどうか。
「納得されなくても、私の式なんだもん。忘れられない思い出にしたいの」
娘は私の忠告には全く耳を傾けなかった。
昔からこうだ。
まだ幼稚園に通っていたころ、あんな小さいころでさえ、私が買ってきた服を気に入ることがなかった。自分で選びたがる子だった。
小学生では、勧める習い事に通ってくれなかった。
中高なんて、進路についてアドバイスしても、全然だった。
何もかも、全く言うことの聞かない娘。
披露宴で黒いドレスって。娘以外、誰が納得するの? それでも前もって、ドレスの色を知らせておけば、反応がマッシだっただろうに。サプライズにしたいからって、誰にも知らせないように言われて──
思った通り、新郎新婦の入場で披露宴会場はざわめいた。やっぱり、こうなったじゃない。困惑顔の娘に向かって、私は一人、思いっきり拍手をした。
すると、私につられて、他の招待客たちも拍手をしだす。
娘がホッとした顔になった。拍手の中、新郎と共に高砂席に向かって歩きだす。
まったく、世話の焼ける。言うことのきかない娘で腹が立つのに、やっぱり応援してしまう。
娘たちが友人席の横を通る。
「真っ黒なドレスでビックリしたね」
「うん。けど、黒なのに可愛い」
「赤い蘭のブーケが大きく目立つね」
その席から漏れ聞こえてきた。
ふと新郎側の席に目をやると、みなさん頷いておられる。良かった。
安心したのも束の間だった。
「黒って」
隣の席からの冷ややかな声。お義姉さんだ。
「どうなん、って思ったけど、黒ベロアの上半身にAラインのドレスって案外、豪華やね」
お義姉さんの耳打ちに、息をのむ。文句を言われるとばかり思っていたのに、意外な言葉。材質にまで言及して褒めてくれるなんて、知らないお義姉さんの一面だった。
良かった。「黒い」ドレスの感想が心配していたのと違って。これなら娘が言うように、忘れられない披露宴になるのかもしれない。
なら、よっぽど頑張らないと。あんな披露宴しといて、と言われないように、幸せになるのよ。
末席で願わずにはいられない。そんなことも知らないで、娘は笑顔をはじけさせていた。
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