運が悪い

3/3
前へ
/80ページ
次へ
(なんだ? 今の、何……)  硬い地面にぺたりと膝と手をついたまま、全く動けなくなった諏訪は呆然とすることしかできない。 「おおー本当にSubだ!」 「何が見たい? 次」 「そりゃいつものじゃん? 舐めさせるヤツー」 「王様って感じだよな」  三人の足音と会話が迫ってくる。  恐怖と混乱で、全身が脈打つ。  何が起こっているのか、自分が何をされたのか。 (逃げなきゃ……違う、俺はこのまま待たないと……待って、次の指示を……あれ? なんで?)  頭の中で二人の自分がせめぎ合う。  呼吸が浅くなっているせいで、喉がカラカラになっていた。  地面と見つめあっていると、そこに派手な色のスニーカーが現れて顔を上げる。  撒こうとしたはずの三人か、さっきよりも未知で恐ろしく見えた。後ずさりしたいのに、それもできない。 「あ……やだ、待ってくれ、俺は」 「Lick(舐めろ)」  言葉が頭で反響する。  跪いた諏訪の意思とは関係なく、差し出された足に顔が近づいていくのを止められない。  だが、心は抵抗していて。  その矛盾が気持ち悪くて耳鳴りがしてきた。 (やだ!!) 「不良に絡まれてる学ランがいたって聞こえたから来てみたら」  舌があと少しで土のついた靴に触れるという時だった。  ドスのきいた、でもどこか耳障りの良い声が聞こえたかと思ったその瞬間。  何かがぶつかる鈍い音がして、諏訪の目の前から足が消えた。 「甘井呂!」 「テメェまだいたのか!」  不良が騒ぐ声に反応して、諏訪も顔を上げる。  倒れているDomの不良と両脇で狼狽えている二人。  そして、聞こえた通り甘井呂が立っていた。 「セーフワードも決めずにPlayしてんなカスが」  薄暗くてもサラリとした金髪と整った顔、素晴らしい体格は見間違えない。  諏訪がサッカー部に誘った時の不快な顔とは比べ物にならないほど、甘井呂は殺気立った目をして唸るような声を出す。 「失せろ」  甘井呂の容赦ない拳が、立っている不良の一人の腹に叩き込まれた。  白目を剥いて倒れている二人を見て完全に怯んだ残りの一人は、甘井呂が睨んだだけで仲間を引き摺って逃げていった。  重そうにノロノロと撤退する姿を、動けないまま諏訪は見送る。  現実逃避なのか、安心したからなのか。  ドラマでも見ているようだったと、うまく働かない頭は呑気なことを考えていた。 「おい」  甘井呂はしゃがみ込んで、諏訪の顔を覗き込んでくる。自分で思っているよりも血の気のない頬をした諏訪は、回らない舌で懸命に答えようとした。 「あ、えぁ……あまいろ……」 「悪かった」  ふわりと体が温もりに包まれる。  甘井呂に抱きしめられたのだと認識する頃には、諏訪は厚い胸に顔を埋めた状態で呆けていた。  不思議だった。  この間から何をされても、甘井呂が相手だと心地いい。 「んえ? なんで、お前が……謝る……」  大きな手に背中を撫でられて体から力が抜けていく。諏訪はそこでようやく、自分の身体がガチガチに強張っていたことを知った。  人生最大の怖い思いをしたはずなのに、疲労が蕩けてもうずっとこうしていたい。  体調が悪すぎて訳がわからなくなっている諏訪とは対照的に、甘井呂は悲痛な面持ちだ。  そっと頬に触れて諏訪と目線を合わせてくる。 「はっきり言えば良かった。あんだけ体調悪そうなら、絶対病院いくと思って」 「何の、話だ?」  甘井呂は悩むようにきゅっと唇を引き締め、それからゆっくり口を動かした。 「あんたは、Subだ」  徐々に崩れていても見て見ぬ振りをしていた諏訪の中の世界が、ガラリと色を変えた。
/80ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加