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「諏訪くんって、Subなの?」  別のクラスの女子に呼び出され、ドキドキしながらついて行った空き教室で。  可愛い上目遣いで放たれた言葉がこれだったら、頭が真っ白になるというものだ。  唖然と立ち尽くす諏訪を見る彼女は、よく見るとギラギラと獲物を見定めるような瞳をしているように感じる。 「誰かが言ってたのか?」 「ヒナちゃんやアオイが、一組のレンくんから聞いたって。それから……」  出てくる名前は全員、顔は知っているがほとんど接点のない生徒たちだった。彼女が言うには、どうやら三年の間で「諏訪はSubであることを隠していた」と噂になっているらしい。  彼女は経緯を話しながら、遠慮がちに諏訪に一歩近づいてくる。  甘い果物のような香りが鼻を擽った。 「あのね、私Domなんだけど……前から諏訪くんのことかっこいいなって思ってて」  嬉しいはずの言葉が全く頭に入ってこない。  リップで彩られた魅力的な唇が動くのが、急に怖くなってきた。  彼女がその気になれば、容易に手折ることが出来そうな細い腕からすら逃れられなくなると知っているから。 「ご、めん! 俺、ちゃんと相手いるから!」  諏訪は大声で告げるや否や教室から飛び出した。  彼女は「諏訪がSubだというのは本当だった」と友人たちに告げるだろう。  だからといって、諏訪はSubであることを否定はできない。  Sub性の友人たちを否定することになる気がしたから。  そんなことよりも、諏訪の心はぐちゃぐちゃだった。諏訪がSubであることを知っているのは、一人だけだ。 (甘井呂が、ばらした……?)  信じたくない。 「あんたと俺だけの秘密だ」  照れくさそうに目を逸らしていた顔を思い出しながら、諏訪は廊下を全力疾走する。  あり得ないと思う自分と、その他に考えられない自分がぶつかり合う。  だが、思えば土曜日の甘井呂はどこか様子がおかしかった気がする。  感情のコントロールが苦手な唐渡はともかく。  不良たちに対してもGlare(グレア)なんて放たなかった甘井呂が、Subの諏訪の前で感情的にGlare(グレア)を発するなんて。  外見に似合わず冷静で穏やかで、Sub優先に考えてくれる甘井呂らしくなかった。  Playルームでも、最後はもっと何か言いたいことがあったんじゃないか。 (俺、なんかしたかな……さっさと病院いかないでぐずぐずしてるから、愛想尽かされた?)  思い至った時、諏訪は足を動かすスピードを緩める。  いい加減、腹を括れということなのだろうか。
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