腹が痛い

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 想像していた声が突然耳元で聞こえて、文字通り諏訪は飛び上がった。ズボンの後ろポケットに入れていたスマートフォンが跳ねて、カバーの飾りが落ちるほど大袈裟に。 「毎回すげぇビビるなあんた」  甘井呂は小さなサッカーボールの見た目をした飾りを拾い上げながら喉の奥で笑う。 諏訪は差し出された飾りを受け取りながら、ドッドッドッと大きく鳴り続ける胸を抑える。 「だ、だだだってお前のこと考えて……っ」 「え?」 「しかも近すぎだって……あーびっくりした」  深呼吸しているのに、すぐそばに感じた吐息を思い出した諏訪は頬が熱くなる。 「俺のことって、何考えてたんだよ」  距離をとってほしいのに甘井呂は更に近づいてきて、諏訪は体をすくめる。Play中のことを思い出していたなんて絶対に言えない。  諏訪は靴を履くためだという風に、甘井呂から体を離した。 「……ん? なんだったっけー? びっくりしすぎて忘れちまったー」 「何でそれで逃げられると思うんだよ待て」  白々しすぎたかと思ってはいたが、やはりだめだった。甘井呂は靴を床に置いた諏訪の肩をがっしりと掴んでくる。 (なんか、すげぇ普通……)  もし甘井呂が嫌がらせで諏訪の第二性をバラしたのだとしたら、もう少しそのことについて探りを入れてきてもいい気がする。  完全に嫌われているなら、わざわざ親しげに話しかけてくるのも違和感がある。  甘井呂ではない可能性が高いかと安心したいところだが、「でも他にいない」という気持ちが邪魔してきて胃が重くなった。 「これから部活の昼練だからさ」  昼休みの部活は参加自由なのだが、昼練がある日には必ず参加するようにしている。答えを聞くのに猶予が欲しくて、この場を逃げる理由に使うことにした。 「また部活かよ……」  靴紐を整えている諏訪の頭上で、甘井呂の不服そうな声がため息と共に吐き出された。 「諏訪の頭の中は九割サッカーで出来てるから仕方ないよ」  靴箱の裏側からひょっこり顔を出したのは佐藤だった。ニコニコと愛想のいい笑顔を浮かべて、小柄な体が二人に近づいてくる。 「こんにちは、甘井呂くん。諏訪、一緒に行こう」  諏訪には天の助けのようだった。  甘井呂も流石に佐藤の前で先ほどの話を続けたりはしないだろう。  佐藤を思いっきり抱きしめたいのを堪えて、諏訪は元気に親指を立てた。 「おう、昼休みは短いからな!」 「話の途中だろ」  全く納得していない様子の甘井呂に、佐藤はキョトンと首を傾げる。 「何の話? もしかして、諏訪の第二性の話?」
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