帰ってこい

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帰ってこい

 二人分の足跡が階段で反響する。  教室を出てからドッと疲れを感じて、諏訪は自分が全身を強張らせていたのだと知った。  腕も肩も足も、顎もどこもかしこも怠い。  甘井呂は「ケアが必要」と言ったが、Playでどうこうできるものではない気がした。  それでもついて行くのは、甘井呂に言いたいことや確認したいことがあったから、ではない。  諏訪は単純に、甘井呂と一緒にいたかった。 「いつからあそこに居たんだ?」 「いつ……お前の怒鳴り声は廊下で聞いた」 「そっか……よかった……」  一歩前を行く甘井呂が言葉を悩ませた後に答えた内容に、諏訪は心底ホッとした。  諏訪の怒鳴り声を廊下で聞いたということは、みんなが倒れた直後に甘井呂は到着したはず。  大勢の前でPlayさせられそうになったところは見られていない。甘井呂には、知られたくなかった。  階段を上り切って、待ち合わせるはずだった屋上の前まできた。  諏訪を座らせた甘井呂は、ズボンのポケットから取り出したものを手のひらに乗せて見せてくる。 「これがそこに落ちてたんだ。なんか嫌な予感がしたから教室まで……正解だったな」 「……ボール……また外れてたのか……」  金具が壊れた小さなサッカーボールをつまみ上げて、諏訪は小さく笑った。すぐ外れるのに横着してそのまま付けていたのが功を奏したようだ。  甘井呂は諏訪の隣に腰を下ろして、頬に触れてくる。  思い詰めたような瞳が、真っ直ぐ諏訪を見た。 「でも俺がもっと早くここに着いてれば、お前はあんなことにならなかったよな」 「そんなこと……!?」  ふわりと長い腕に包まれて、悔やむ声を出す甘井呂に向けた諏訪の言葉が途切れる。  甘井呂は諏訪の肩に額を乗せて、存在を確認するように擦り付けてきた。 「柄にもなく、何言われるかって怖くて。ここに来るか迷ってたんだ。悪かった」 「お前は何も悪くないだろ? 本当にごめん……っ来てくれて、ありがとう」  嫌われていなかったのだと安心すると、ずっと我慢していた涙がぼろぼろとこぼれ落ちてしまう。 「なんで泣くんだよ」 「なんかもう、俺、訳変わんなくなってて……っ……甘井呂、来てくれて良かった。本当に良かった」  Subになってから自分も周りも、諏訪を取り巻く世界が激変してしまった。  サッカーのことが九割を占めていたはずの頭は、容量オーバーでパンクしそうだった。  甘井呂とPlayしている時以外、空っぽになることがないほどに。 『Subを見下してたんでしょ!?』  佐藤の問いが頭を掻き乱す。  性別なんて関係ないと言ってきた今までの諏訪を否定してくる。 「俺、偏見ないつもりだったのに。Subのこと見下してたんだ。だから自分がSubになったこと人に言えなくて」 「ちょっと何言ってんのかよく分んねぇんだけど……つまりお前は自分がSubだってまだ受け入れられてないのがダメだと思ってんだな?」  甘井呂は体を離すと、ぐちゃぐちゃの顔で鼻を啜る諏訪の両頬を大きな手で包んだ。  親指で目元を拭ってくれても、諏訪の目から落ちる雫は止まらなかった。
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