帰ってこい

2/2
前へ
/80ページ
次へ
「佐藤に言われたんだ。俺、上手く言い返せなくて……っ情けな」 「あんたさ。今夜、両親に『実の子供じゃない』って言われたらどうだ」  慰める風でもなく、いつも通りの涼しげな声での問いかけ。  諏訪はしゃくり上げながら首を傾げた。 「なんだよぉ急に」 「すぐに『はい、そうなんですね』って受け入れられるか?」 「む、無理だろそんなの」  余裕の無い状態でもキッパリと言い切れた。  甘井呂の意図は不明だったが、諏訪は真面目にも自分の両親を頭に思い浮かべる。  血の繋がりがなくたって、育ててくれた両親は変わらない。そんなこと分かっていても、信じたくない気持ちが勝るに違いない。  現実を飲み込むには時間がかかるだろう。  甘井呂は「だよな」と頷いた。 「一緒だよ。信じてたことを急に『違う』って言われたって、すぐ『はいそうですか』ってなるわけねぇ」 「そう、かな……」 「そうだよ。お前の状態は普通だ」  コツン、と額と額が当たる。鼻先が触れ合って、互いの吐息が唇に触れるほど近い。  少しでも動いたら口付けてしまいそうな距離で、甘井呂は優しく微笑んだ。 「無理しなくて良い。俺がちゃんとケアするから」 「甘井呂……」  止めどなく迫り上がってきていた諏訪の涙は止まった。  代わりに、触れられている頬に熱が昇ってくる。  このまま、そうしてほしいと甘えてしまいたかった。  もう二人だけの秘密ではないけれど、正式に診断書が出なければ甘井呂だけのSubでいられる気がした。  でも、諏訪は心地いい温もりから体を離す。 「俺、ちゃんと病院行く。明日絶対行くから」 「大丈夫なのか?」 「ん、だから……行けって言ってくれ」  口に出してから、自分は一体何を言っているんだと恥ずかしくなってきた。それでも早くなる鼓動に後押しされて、甘井呂から目を逸らさずにずっと言って欲しかったことを伝える。 「そんで、ちゃんと出来て偉かったなって褒めてくれよ」  最後まで黙って聞いてくれた甘井呂は、目を瞬かせた。何も言わずに綺麗な顔がじっと見つめてきて、諏訪は途端に落ち着かなくなる。 「あの、アマイロクン……?」  もじもじと手を動かして返事を待っていると、ギュッと両手を握られた。 「もう既に偉いけど」  視線を落とした甘井呂は諏訪の右手の指を丁寧に一本一本開いていく。少しくすぐったくて、諏訪は自分から手をパーにした。  長い指が諏訪の指に絡んできて、グッと強く握られる。 「ちゃんと病院行って、俺のとこ帰ってこい」  強制力も何もない言葉が甘く耳に届き染み渡る。  諏訪は大きく頷いて、自分も指先に力を込めた。
/80ページ

最初のコメントを投稿しよう!

63人が本棚に入れています
本棚に追加