Defense

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 どうやら甘井呂は教室に到着してすぐに状況を把握し、諏訪の背後で相当強いGlare(グレア)を放っていたらしい。  守る対象である諏訪には影響が無かったため、全く気が付いていなかった。 「俺のSub……」  諏訪は口元を緩めて復唱した。  例え一時的にでもそんな風に思ってくれたなんて、と、目尻も下がる。運動後、随分と立っているのに鼓動が早くなってきた。  反対に唐渡は、冷めた目をして声のトーンを落とす。 「嬉しそうっすね」 「え、そ、そうか? や、でもあいつはそういうんじゃなくて優しいだけっていうか」  諏訪はハッとして早口になった。  自分がだらしない顔になっているのに気がつき、ペチペチと軽く頬を叩いたり伸ばしたりして誤魔化そうとする。  百面相する諏訪をジッと見ていた唐渡は、靴箱の前に着くと立ち止まった。 「副部長がそう思ってんならまだチャンスありますね」 「チャンス? なんの?」  つられて足を止め、何気なく諏訪は問う。  唐渡は覚悟を決めた目をして手を伸ばしてきた。諏訪はただならぬ空気を感じて、思わず姿勢を正す。 「副部長、俺」 「遅い」  震える指先が諏訪に届く直前で、短い言葉が割って入ってきた。  明らかに雰囲気を壊すために発されたであろう声の主は、三年の靴箱の影から姿を現した。  諏訪は唐渡の言う「嬉しそうな顔」になって目を丸くする。 「あれっ? 甘井呂!」  約束していなかったのに、部活が終わるまで待っていてくれたのだ。 「なんで居んだよ」  唐渡はやり場を失った手で前髪を掻き上げ、不機嫌を露わに舌打ちした。  甘井呂もズボンのポケットに手を突っ込んだまま、不愉快そうに眉間に皺を寄せる。 「こっちの台詞だ。なんで二人で帰ってんだ」 「戸締り番が」 「どうだっていいだろ。せっかく副部長と帰れる日なんだから邪魔すんなヤンキー」 「サッカー部はほとんどこいつ独占してんだろうが。帰りくらい遠慮しろよ」  諏訪が口を挟む隙なく、甘井呂と唐渡は敵意を剥き出しにして言い合いを始めてしまった。  本格的に相性が悪い二人だ。引き離した方が穏便に済むのは分かるが、残念ながら方法が思いつかない。  どうにか和やかに解決したいと、諏訪はにっこりと片手を上げた。 「はーい! 三人で帰るってのは」 「無しだ」 「嫌っす。俺、一人で帰ります」 「か、唐渡そんな」  二人ともに即答されてしまった上、唐渡は宣言通り二年の靴箱の方へ歩いて行ってしまう。  困惑中の諏訪が動けないでいる間に、さっさと靴を履いて戻ってきた唐渡は甘井呂へと目をやった。 「昨日、副部長を助けてくれた礼だ。今回だけだぞ」 「テメェに礼を言われる筋合いはねぇ」  酷い会話だ。いや、会話というより言葉のドッジボールだ。なんにも受け取る気がない。  またGlare(グレア)合戦が始まりませんようにと、諏訪は心の中で祈りを捧げた。 「本当にクソ生意気なガキ。じゃあ、副部長、また明日の朝練で!」  今回は唐渡が全面的に譲ったようだ。  二度目の舌打ちをしながらも、諏訪にはいつも通り片手を上げてから背を向ける。  雨は止んでいるのか、傘は畳んだまま暗い中を走っていく後ろ姿を見送った。  唐渡の姿が見えなくなると、諏訪はほっと息を吐いた。何事も起こらなくて良かったけれど、頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。 「お、お前らなんで絡み少ないのに仲悪いんだよ……初対面の印象悪すぎた?」 「さぁ。似たもの同士だからじゃねぇか」 「そんな似てないぞ」  体格と顔が良いDomであるということ以外、共通点が見つけられない諏訪は正直に答えた。  甘井呂は腰を折って、物言いたげにため息をついてしまったのだった。
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