贈り物

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贈り物

 水溜りを避けてもパシャパシャと水音がする。  靴の裏以外が濡れないように慎重に足を動かす二人の傘は、畳まれたまま時折触れ合い揺れている。 「……病院、行ったんだろ」 「う、うん。送った通り、Subだって。薬とかもちゃんと貰ったぞ」  診断の結果は真っ先に甘井呂に伝え、連絡用アプリで 「おつかれ。行けてえらかったな」  と返事をもらっていた。  病院で何度もそのメッセージを読み返していたせいで、受付で名前を呼ばれても気付かないほど嬉しかった。でも。 (ちゃんとお前のとこ帰ってきたぞって、自分から言ったら変かな)  本当は直接、頭を撫でてもらいたい。  いつもの優しい声で褒めてほしい。  ソワソワしながら甘井呂を見るけれど、感情の読み取りにくい涼しい横顔は真っ直ぐ前を向いたままだった。 「薬、貰えたならもう大丈夫だな」 「……え?」  抑揚のない声が諏訪の胸をざわつかせる。  大丈夫とはどういうことだろう。 「病院でもPlay治療してもらえるようになっ」 「ま、待て! でも、でも……」  続く言葉が予想できてしまって、諏訪は甘井呂の腕を掴んで遮った。 『もう俺たちがPlayする必要はないよな』  そう言われないように何か口実はないかと頭を回転させるが、何も思いつかない。 『俺はお前とPlayがしたい!』  と、素直に伝えたくても、理性が邪魔をする。 (迷惑か? また俺のスケジュールに合わせて、休みを潰させて……)  音が乗らないまま口を開閉させていると、甘井呂はパシャリと足を止めて諏訪に向き直る。  澄んだ瞳が真っ直ぐに諏訪を見下ろした。 「……でも?」  見つめられると耐えられなくて、諏訪は目線を落とす。  甘井呂が「もうしない」と言おうとしているのに、引き留めるのは自分のわがままだ。  腕から手をそろそろと離し、力なく首を振った。 「あ、その……なんでもない……」 「諏訪」  今度は甘井呂が諏訪の手首を掴んだ。引き寄せられた手の甲に、柔らかい唇が触れる。 「ちゃんとSay(言ってくれ)」  手から直接響いてくる声に抗えない。  誰が通るかもわからないところでCommandを使うなんて、普段の甘井呂ならしないのに。  諏訪も、応えるのは嫌だと思うはずなのに。  今は、それが嫌じゃない。  言わせてくれるのが、嬉しい。 「俺……病院じゃなくて、お前にPlayして欲しい」 「Good boy(よく言えました)、諏訪。ありがとうな」  美しい微笑みを見た瞬間、全身に広がる幸福感。  膝の力が抜け崩れ落ちそうになって慌てて目の前の肩を掴めば、逞しい腕で腰を支えてくれる。耳元に、吐息が寄せられた。 「病院行って、ここに戻ってきて偉かった」  じんわりと目頭が熱くなる。  髪を指先で慈しむように撫でられ、諏訪は甘井呂に体を預けてトロリと頬を緩めた。  永遠にそうしていて欲しいくらいだ。  しかし、甘井呂はいつもよりも短い時間で撫でるをやめてしまった。 「あまいろ……?」  物足りなくて催促するように名前を呼ぶと、ゴソゴソとズボンのポケットを探っている気配がする。  ぼんやりと視線をそちらに向ければ、甘井呂の手にはポチ袋より小さな茶封筒のようなものが握られていた。 「未成年はClaimが出来ねぇの、鬱陶しいな」 「……? そうだな……?」  ボソリと呟かれた聞き慣れない言葉に、諏訪は訳もわからないまま相槌を打つ。すると甘井呂は諏訪の手を取り、その簡素な袋を手のひらに乗せてきた。 「それ、やる。スマホにつけてたの、壊れてたろ」 「い、いいのか?」
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