心が煮え滾る

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心が煮え滾る

「甘井呂くぅん! この後って暇ぁ?」  ようやくテストが終わって、解放された気持ちで林と部活に向かっているところだった。  一年生の教室がある廊下の角で、鈴の転がるような声が耳に入ってくる。  諏訪は林と談笑していた口を止めて、ついついそちらに目を向けてしまう。  甘井呂の肩くらいまでの身長の、細身で小柄な女子が微笑んでいる。逞しい腕に華奢な腕を絡めて、周囲の目も気にせず堂々とくっついていた。 「ああいうやつはモテるな」 「ん……そりゃそうだよ。かっこいいもん」  林のため息混じりの言葉に、諏訪は苦笑しながら相槌を打つ。  こちらに背を向けている甘井呂の表情は見えないが、特に嫌がるそぶりもないようだ。女子の好きにさせている様子に、胸の奥がモヤモヤと痒くなってくる。 「良いのか? お前のDomだろ」  顔には出さないようにしていたのに、察しのいい林が視線を寄越してきた。  諏訪は目を右へ左へまた右へ、と彷徨わせる。 「俺……俺の、じゃない……から」  心臓が鷲掴みにされたように痛い。  甘井呂とはパートナー契約をしているわけでもないし、もちろん恋人でもない。  諏訪が甘井呂とPlayしたいと言ったから時間を作ってくれているだけだ。関係性は良好だし友人としても仲が深まっているとは思うが、独占権があるとも思えなかった。  それでも、女子に寄り添われる甘井呂から目が離せない。 「あのね、すごく可愛いプレイルーム見つけたの! 一緒に行って?」 「ん……悪い、また今度な」  自分の魅力を熟知した角度で小首を傾げる女子は、どうやらSubらしい。甘井呂が誘いをサラッと流しながら、綺麗にセットされた長い黒髪を撫でるのが見える。  諏訪は知らず知らずのうちに手を強く握りしめていた。 (やっぱ誰にでも優しいんだ)  林がソワソワと諏訪の様子を伺うほど、表情が固くなっていく。でも、全くこちらに気がついていない女子生徒は不満そうに甘井呂の腕を揺らした。 「もーっ最近そればっかり! 私のこと嫌?」 「嫌ってわけじゃ……」 「甘井呂くんがいいの。またぎゅってして?」 「あのな、そもそもこんなとこで……あ」  困ったようにため息を吐いた甘井呂は、顔を動かした拍子に諏訪の姿を視界に収めた。そしてすぐ女子に離すように声を掛け、真っ直ぐに諏訪の方へやって来る。
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