心が煮え滾る

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「諏訪、テストお疲れ」  いつも通りの涼しげな表情をした甘井呂は、後ろめたさなど何もなさそうに声をかけてきた。  先ほどのことは甘井呂にとって日常なのだろう。  諏訪はいつものように笑えず、ぎこちなく片手を上げた。 「おー、お疲れ甘井呂……えっと……いいのか? あの子、待ってるけど」 「いいに決まってんだろ断ったし」  二人を取り巻く空気が、明らかに不穏な色に染まる。  ずっと戸惑った様子だった林は、真顔になって諏訪の肩を叩いた。 「俺、先行くわ」 「ま、待て林。なんでだよ一緒に行くから」  言葉通りさっさと行ってしまう林に、諏訪は慌てて手を伸ばす。今は甘井呂と二人きりになりたくなかった。  追いかけようと足を踏み出した途端、力強い腕が諏訪の腰を捕まえた。背中に甘井呂の体温を感じて、何故か目頭が熱くなってくる。 「待つのはお前だ。こっち見ろよ」  甘井呂の声は怒っている風ではないが、語気が強い。いつもならCommandでなくとも、こういう時の甘井呂の言葉には従おうと諏訪の体は動くのに。  今は顔を上げられなくて、俯いたまま腰を抱く腕を解こうともがいた。 「可愛い子だな。Playして、頭撫でて、抱きしめて……キスしてあげろよ。『また』」  並べ立てた言葉とは裏腹に、嫌だ嫌だと心が喚く。本当は振り返って、 『俺以外の人にあんな優しく触らないでくれ!』  と縋り付きたかった。でもそんなみっともないことはできない。  そんなもの、甘井呂の自由だ。自分は、その優しさの恩恵を受けているだけなのだから。  刺々しい諏訪の言葉を受けた甘井呂は、ギュッと腕の力を強めた。 「あんた、なんか勘違いしてるだろ」 「部活だから。邪魔すんな」 「諏訪、俺は」 「痛い! 離せってば!」  大きくなった諏訪の声に反応して緩んだ甘井呂の腕を振り解く。会話をしてくれようとしているのに、諏訪は全く聞く耳を持つことが出来なかった。  これ以上一緒にいたら、もっと酷い言葉を投げつけてしまいそうだ。  唖然としている甘井呂を置いて、諏訪は口を引き結び逃げるように歩き出す。 (勘違いってなんだよ。『また今度』は断ったことになんねぇし……っ)  胸の底から湧き出てきたドス黒いものが、ぐるぐると体を巡っていく。
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