心が煮え滾る

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 初めての感情に振り回されて、諏訪はどうして良いのか分からずひたすら歩いた。  歩き慣れているはずの学校の廊下が、暗闇の中の迷路のようだ。  大きな不安に押し潰されそうで、どこを歩いているのか分からないような感覚に陥る。  「あ! 副部長!」  床だけを見て足を動かす諏訪に向かって、誰かが前方から駆け寄って来る。声だけで誰だか判断できないほど、諏訪の頭の中はパニック状態だった。 「今から部活っすか? 俺と……副部長?」 「唐渡……」  目の前に立って覗き込んできた顔を力なく見上げる。見知った顔に少し安堵して名前を呟けば、朗らかだった唐渡の顔に緊張が走った。 「ちょ……ちょっとこっち来てください」  腕を掴まれて引かれるままについて行く。人通りが少ない廊下の端まで移動した唐渡は、柱の影に諏訪を隠すようにして立ち止まった。 「どうしたんすか」  心配そうに眉を下げた唐渡が青いハンカチを差し出してきて、諏訪はようやく自分が泣いていることに気がついた。  受け取った青色にポタポタと雫が落ちていき、ハンカチを濃い色に変えていく。 「どうせ、特別じゃないんだ」  震える唇から出た言葉の意味は、唐渡には伝わらないだろう。  後輩を困らせたくないのに、とにかく涙が止まらなかった。 (俺のDomはあいつだけなのに……っ)  ハンカチに顔を埋め、言葉にならずにくぐもった声だけが漏れていく。  唐渡は何も聞かずに、遠慮がちに抱きしめてくれた。温もりがありがたくも情けなくて、それでも泣き止むことが出来なくて。  涙が止まる頃には頭が痛くなるほどだった。  ずっと諏訪が泣き続けていた間に。  甘井呂が二人を見つけていたことも、唐渡と視線を合わせてから立ち去ったことも。  諏訪は全く気が付かなかった。
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