一回だけ

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一回だけ

「終わったー」 「二人だと流石にだるいっすね」  サッカーボールが大量に入ったカゴをガラガラと部室に押し込み、諏訪と唐渡はハーッと息を吐いた。  諏訪はだらりと青いベンチに座り、唐渡は自分のロッカーから水筒を取り出す。  泣き喚いたお陰で気持ちはスッキリした諏訪だったが、泣き腫らした顔で部活に出るわけにいかなかった。ワイシャツがぐちゃぐちゃになるまで付き合ってくれた唐渡と共に、大幅に部活に遅刻してしまう。  真っ先に気がついた林は何も言わずにスルーしてくれたが、事情を知らない顧問に部活の後片付けを言いつけられたのだ。  おかげでグラウンド中に広がったボール拾いを始めとする後片付けを、一年生以来久々にすることになってしまった。 「ごめんな唐渡、付き合わせて」 「俺が勝手に遅刻したんっすよ」  ゴクゴクと喉を鳴らしていた唐渡は、水筒から口を離してケラッと笑う。手の甲で濡れた唇を拭いながら、汗をかいた練習着を脱ぎ始めた。 「人気ありますね、あの一年……アマイロ」 「えっ!? な、……えと……」  肌に滲んだ汗を拭う唐渡が突然出した名前に、諏訪は過敏に反応してしまう。  何も聞かなかったのに、まるで何故諏訪が泣いていたのかを知っているかのような口ぶりだ。  諏訪の素っ頓狂な声に小さく笑った唐渡は、ワイシャツが乾いているのを確認して袖を通した。 「中学のときにPlayが上手いって評判だったらしいっすよ。同じ中学のやつからその噂が回って、Subが声掛け始めたらしいです」  甘井呂はSubに声を掛けられないために派手な格好をしていると言っていたのに、あまり効果が発揮されていないようだ。  誘われてしまえば、優しい甘井呂は強く断ることができないだろうことも想像ができた。  そんな甘井呂に何度も救われているのに、今の諏訪はそれが嫌で嫌で仕方がない。己の感情にも嫌気がさしていた。 「なんで唐渡がそんなこと知ってんだ?」  自分も着替えなければと立ち上がり、ロッカーを開く。着替え始めた諏訪を横目に、唐渡は淡々とズボンを履き変えた。 「前にPlayしたやつが同じ中学だったらしくて。『顔は唐渡の方が好みだけどPlayは断然甘井呂!』って正直なご意見いただきました」 「人間とは思えない貴重なご意見だな。気にすんな」  諏訪はムッと眉を寄せた。
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