一回だけ

3/5
前へ
/80ページ
次へ
 落ち込み掛けたところで、唐渡の身も蓋もない言葉が諏訪の澱んだ空気を打ち砕く。思わず笑ってしまいながら、砂糖の塊を口に突っ込まれたような顔をしている唐渡を見た。 「えぇー……じゃあお前はどうやってんだよ」 「ニール、ルック、カム、スタンダップなんかをこう……初めはしてるんすけど……楽しくなってくると途中から記憶が……」 「怖いって! サブスペースのDomバージョンでもあるのか?」  甘井呂とのPlayしかしたことがない諏訪は目を剥く。唐渡の言ったCommandは基本的なものばかりだが、スキンシップがあまりないのは驚きだ。  また記憶がないということは、訳の分からない内に相手をSub dropさせてしまっているということ。驚愕の事実だった。  薬を飲んでいてもそうなってしまうということは、唐渡は諏訪が思っていた以上にコントロールができないらしい。  しゃがんだままの唐渡は、項垂れて頭を抱えている。 「真面目な話、支配する側が理性飛んでちゃダメなんすよ……俺、絶対Domとして欠陥がある……Domの欠陥品……」 「ま、待て。誰もそこまで言ってないから」  唐渡の自虐はいつものことだが、珍しく本格的に落ち込んで消え入りそうな声になっていた。諏訪は床に膝をつくと、曲がった背中を撫でてどう慰めたものか考える。  いや、慰めるというよりは打開策がないものかと思考を巡らせた。 「あれ? でも試合中とかにGlare(グレア)出したりとかはないよな」  スポーツ中は基本的には冷静でいなければならないが、試合の流れによっては当然気持ちは昂る。喜びや怒り、緊張、苛立ち焦り。全ての感情が忙しなく押し寄せてくるのは当然だ。  Dom性を持つ人がGlareを発してしまい、試合を中断させてしまうことも極々稀にある。  中学生や高校生など、精神が未熟であればなおさらだ。  唐渡はこんなにDom性のコントロールに苦しんでいるのに、試合中は一度もトラブルを起こしたことがない。 「一発退場じゃないっすか。そんなミスしません」  曇りなきまなこだ。  Sub dropも一発退場レベルの大事だとつっこみたかったが、気持ちは分からなくはないので諏訪は黙った。 『命とサッカーどっちが大事なんだよ』  と説教する、甘井呂の幻覚が見える。
/80ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加