ふわふわ

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ふわふわ

「ほんっとにありがとな!!」  諏訪は勢いよく頭を下げ、両手で握った炭酸飲料の缶を甘井呂に捧げた。  もう人がいない食堂入り口の自動販売機の前。  運動部特有の鍛えられた発声が廊下に響き渡る。  他の部員はすでに部活を始めていたが、諏訪はサッカー部の窮地を助けてくれた甘井呂に礼をすると言って抜けたのだ。  ジュースを献上されている甘井呂は本気でうるさそうに顔を歪め、両手を耳に当てていた。でも声の反響が収まれば、貰えるものは貰うと言って缶を受け取る。 「つーか、何回目だよ。一生分のありがとう言われてるわ」  いつまでも下げたままの諏訪の額に、甘井呂はコツンと缶の角をぶつけてくる。 「ひょっ」  痛さよりも冷たさに驚いて、諏訪は間抜けな声と共に顔を上げた。反射的に額に手を当てて甘井呂を見上げると、整った顔がくしゃりと歪む。 (あ、笑った)  Play中の大人っぽい微笑みとは違う、年相応な表情。それはついこの間まで中学生だったんだと納得させられるあどけなさだった。 「飲む前で良かった……っ」 「そ、そんな笑う?」 「咄嗟にでねぇよ……っそんな声」 「咄嗟だから出たんだよ!」  この諏訪の台詞も、どうやらツボだったらしい。  甘井呂はちょっと噴き出したどころではなく、顔に缶を当ててずっと肩を震わせている。あんまり笑うものだから、諏訪はバシンと厚い胸板を叩いてやった。体だけは、本当に立派だ。  噛み締めていた口を開けて、スーッと深く呼吸して落ち着いた甘井呂は、ようやくポーカーフェイスを取り戻す。 (カッコつけてももう遅いぞお前)  カシュっとプルタブが開く音を聞きながら、諏訪は腰に手を当てて甘井呂を観察する。  覗いていた時の胸の昂りはもうない。  一体何だったのかと、気怠さが僅かにマシになった頭を掻いた。 「そもそも、奢るのはあんたじゃなくてあのDomの役目な気がするけどな」  諏訪の不躾な視線を気にした風でもない甘井呂だったが、ふと思い出したように眉を顰める。  あのDomとは、間違いなく唐渡のことだろう。  今日はボールを触らせないと言われ、不貞腐れながら筋トレしていた後輩の顔を思い出して諏訪は苦笑する。 「んー、確かに。でも、あいつも相当しんどいだろうから……あんまり追い詰めるのも」 「珍しいな」 「ん?」 「Sub dropを目の当たりにして、Domの心配もするやつ初めて見た」  甘井呂が宇宙人にでも出会ったような目で見てくるのを、諏訪も珍獣を発見したかのように目を瞬かせた。
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