夏泥棒

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俺は徒歩で繭は自転車通学だが、同じ方向なので帰りはいつも一緒だった。 「尚ちゃん。見て」  日曜日の朝練が終わって、繭が誇らしげに自転車から降りた。 「は? 何よ」 「スカート! 裾を五センチも伸ばしたの!」 「おお。マジか」 「もうっ。せっかく頑張ったのに」  裁縫は苦手だから何度も針を刺してしまったとこぼして、繭は指先の絆創膏をこれ見よがしにひらひらさせた。 こんな田舎でも、彼女たちのスカートは短くあるべきのようだ。とは言え、サドルをかろうじて覆うくらいの丈では下着が見える。以前そう指摘したら繭は口を尖らせた。 『えっち。見せパン穿いてるからいいの』 『短かすぎんだよ。襲われるぞ』 『だって、この方が足が長く見えるんだもん』 『お前には恥じらいがないのか』  姉貴が親父にいつも言われている。繭も「オジサンみたい」と膨れっ面で呟いた。半月前のことだ。 俺に言われて直したのか 繭のそういう素直なところは好感が持てた。 「そうか。偉い偉い」  頭を撫でてやると繭は満足そうに笑った。自転車を押して俺と歩調を合わせた。 「今日も暑いね」  繭は片手でセーラー服の襟を掴んで揺らし、胸元に風を送っている。隙間から覗く肌も日焼けしていた。気づけば横顔に見惚れてしまっていて、慌てて彼女から視線を逸らした。 「あ。ちょっと待って」  農家の冠木門(かぶきもん)の傍らに、ビニールに詰めた野菜が並べられていた。軒先の無人販売だ。 「すごーい。つやつやのおっきい茄子」 「安いな」 「時々お世話になってるの。こっちはお化けきゅうりだ。喉が渇いたからトマトもいいな。尚ちゃんは?」 「いや、いい」  俺に自転車を預けて、繭はお金を払うと野菜の袋をカゴに入れた。トマトを手でこすると俺の苦手な青臭い香りが漂ってくる。繭は目を閉じて深く息を吸い込んだ。 「いい匂い。いただきます」  満面の笑みで赤く熟した実にかぶりついた。瑞々しい果汁があふれ、彼女の腕を伝って肘から滴っていく。 「うわ」  繭は子どもみたいに無邪気な声を上げ、手首を舐めてそれを拭った。笑い声と赤い舌先が肌をなぶっていく仕草とがアンバランスで、ひどく(なまめ)かしかった。陽射しに(くら)んだせいにして目を伏せると、俺は先に歩きだした。 「尚ちゃん。あたしに構ってて、何か言われないの」  しゃくしゃくと咀嚼の合間に声だけの繭が尋ねてくる。 「別に。だいたいシカトする理由がねえし」 「だって、あの三澤の娘だよ。たらしこまれるかも」 「自分で言うか。経験もねえくせに」 「えー! 尚ちゃんに言われたくない!」  憤慨して隣に並んできた彼女の頬はトマトみたいに真っ赤だった。口ではいろいろと返してくるが、この様子では正解(ビンゴ)だな。俺は何となく心の中でほっと息をついた。
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