夏泥棒

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「ねえ。ウチに来る?」  不意に繭が尋ねてきた。 「お昼ごはん作ってあげるよ」 「いいのか」 「その代わり、お願い」  急に上目遣いで覗き込まれ、ドキッとする。 「なに」 「勉強教えて」 「へっ?」  思わぬ健全な申し出に拍子抜けしてしまった。本当に色仕掛けでもかまされるのかと思った。 俺も人のことは言えねえな だけど、そのぐらい彼女の仕草にときめいたのも確かだった。この数ヶ月で、俺たちの距離はだいぶ縮まっていた。 「尚ちゃん、頭いいじゃない。ちょっと教えて欲しいんだ」 「まあ、俺でよければ」 「やったー」  俺よりも頭のいい奴はいるだろうに。それでも頼りにされるのは嬉しかった。 昼飯はいらないと言う俺に、母親は首を傾げた。 一度汗を流してから自転車で出かけた。自宅の先にあるY字路を左に進むと、古びた平屋が見えてくる。硝子(ガラス)の嵌まった玄関扉の脇に、塗装の剥げた郵便受け。繭の自転車もあった。呼び鈴は壊れていたので、俺は軽く息を吸ってから扉を開けた。 「こんちはー」  味噌の焦げる香ばしい匂いが空腹をくすぐる。条件反射で口の中に唾が湧いてきた。 「おーい。上がるぞ」 「あっ、いらっしゃい」  鮮やかなオレンジのタンクトップに、デニムのショートパンツの繭が顔を覗かせた。制服やTシャツでいつも隠れている細い肩が見える。長い手足と相まって確かに男子としては胸が高鳴るが、無防備だなと父親の気分にもなってしまう。 「今ね、出来たとこ。どうぞ」  促されて台所へ入ると、もう二人分のご飯がよそってあった。繭がフライパンの中身を大皿にあけると、湯気と香りがまたぶわっと立ち上った。豚肉と茄子の味噌炒めだった。 「旨そうじゃん」 「へへ。頑張ったよ」  繭は鼻の頭に汗をかいていた。きゅうりの浅漬けもテーブルに置かれ、二人は向かい合って腰を下ろした。
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