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「お盆はクラゲが出るんだよね」
「もしかして泳ぐつもりか」
「まさか。でも、波打ち際まで行きたいな」
人気のない砂浜に降り立つとミュールに砂が入るのも構わず、繭は一歩ずつ進んでいく。やがて海水が届くほどに近づくと、裸足になって波に足を洗わせた。
「気持ちいい」
「気をつけろ。油断してるとクラゲがビリビリって、ほら、そこ!」
「えっ、え?」
驚いて飛び跳ねた繭が俺の腕をぎゅっと掴んできて、俺は自分で仕掛けた悪戯にまんまと自爆した。鼓動を踊らせる俺をよそに、繭は嘘だとわかるとあっけらかんと笑い声を上げた。
「もお、尚ちゃんてば」
掴んだ両手で俺を押し返す。いつもの彼女の笑顔に俺も安堵した。繭はまた俺から離れて波と遊び始めた。丈の長い裾をつまんで持ち上げているので、膝頭が覗いている。薄曇りからこぼれる陽射しが柔らかく彼女に降り注ぐ。無邪気な笑顔と大人っぽい今日の服装が、ちぐはぐながらもそこに繭がいることを実感させた。袖と裾から覗く細い手足が目に焼きついて離れなかった。
「い、ったぁ…」
繭の小さな叫びが聞こえてきて我に返った。蹲って足の裏を包むように手で押さえている。
「どうした? ガチのクラゲか」
「ううん。何かで切れたみたい」
細い傷が口を開けていた。出血は大したことなさそうだが、手当てぐらいはしておいた方がいい。
「繭。乗れ」
俺は咄嗟に背を向けてしゃがんだ。
「え、なに。恥ずい…」
「そんなこと言ってる場合か。化膿したら困るだろ」
「平気だよ。このくらい」
「いいから」
遠慮する繭を無理やり背負って俺は立ち上がった。俺の首に回された腕や、背中に感じる柔らかな彼女の重みから体温が伝わってきて、今更ながらに頬が熱くなる。これは介抱だと自分に言い聞かせて、俺は来た道を歩いていった。ミュールをぶら下げた彼女の手が、所在なく俺の前で揺れている。振り子のようなその動きに少しずつ頬は冷えていった。
駅前の小さな薬局の隣はコンビニだった。そこにあるベンチに繭を座らせて、俺はミネラルウォーターで傷を洗った。
「足、乗っけて」
恐る恐る伸ばした彼女の右足を膝の上に乗せて、水気を拭くと、絆創膏を貼った。こんな細い足でよくあんなにしなやかに飛べるものだと改めて感心していると、繭が俺の肩を小突いた。
「何でずっと見てんの」
「いや。綺麗だなって思って」
はにかんだ彼女につい本音が出た。また叩かれるかと思ったのに、繭は真っ赤になって俯いた。色黒な頬が染まっているのがはっきりわかり、俺も戸惑いながら尋ねた。
「メシ、どうする。どっか店入るか」
「…コンビニで何か買って、防波堤のとこで食べよ」
呟くような小さな声だった。
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