雨上がりの空

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 三年間つきあっていた彼にフラれた。 新入社員で入ってきた女の子に浮気、からの本気。 彼女だった私は元彼女になった。 それはそれで仕方ない。 最近はお互いに無関心でつきあいはじめの頃のドキドキ感なんてなかった。 休日になると惰性で待ち合わせして一緒にご飯食べてどうでもいい話をしてホテルに行っておしまい。 そりゃ若くてかわいい女の子が擦り寄ってくれば靡いちゃうよね。 私もそろそろ潮時かなとは思っていたんだ。 でもさ、やっぱりその時がくるとさ、面と向かって「別れよう」なんて言われちゃうとさ。 泣きそうになっちゃうよね。 まー仕方ないよ。ははは、もっといい男を見つけるんだ。 身長高くてさ、学歴高くて、スポーツ万能で、仕事もできて、顔面が強くて、それで私には優しい人。 ……いないか、そんな人。 いたとしてもそんな人が選ぶのはきっと私じゃない。 もっとかわいくて守ってあげたくなるような若い子。彼を奪ったあの子みたいな。 はぁ、もう浮気しなきゃいいや。それだけで優勝! ……そうでもないよなぁ。やっぱり頼りになる人がいい。弱ったときに寄りかかれる人がいいよ。優しい人がいい。さりげなく寄り添ってくれる人。 いるかな。これから出逢えるかな、そんな人に。 あーあ、これでもさ、ちょっとは結婚なんて未来も考えていたんだよ。すごく好きラブラブ愛してるってほどじゃないにしても、まぁこの人だったらいいかなーくらいには考えていたんだよ。浮気しなきゃね。ああ、もう浮気じゃなくて本気か。 やかましいよ。 でもでも、誰か私のことを褒めてほしい。 なんか哀れむような目で私のこと見てさ、意味のわからない理屈をこねて被害者面したあいつが「別れよう」って言ったとき、私は泣かなかったんだ。なんか私が悪いみたいなこと言って、グサグサと私の心を刺してきたけどね。 「いいよ。別れてあげる。さようなら、元気でね」  余裕の女。かっこいい女。演じきったよ。 笑ってくるりと背を向けて手をひらひらと振って颯爽と立ち去った。 うん、がんばったよ。がんばった。 そのまま電車に乗ってさ、車窓を流れる夜の街を唇噛みしめてじっと眺めてさ。 最寄り駅に着いたら私の代わりに空が泣いていた。 濡れて帰るかなんて一瞬思ったけど、それで風邪ひいたらバカみたいじゃない? ちょっと時間経てば止むかなと思って、駅前の居酒屋へ入った。 やけ酒ってわけじゃないけど、こんな日はお酒の一杯くらい飲んでもいいでしょ。ライムサワー。キンキンに冷えたやつ! 今日は土曜日、明日は日曜日。どうせ明日も仕事は休みだ。二杯くらいなら問題ない。 はー、あんなやつどうでもいいわ。三杯め行ってみるか。 今頃になってなんか腹立ってきた。なんで私が悪いみたいなこと言われるのよ。浮気したのは自分じゃん。四杯め。 ばーか、ばーか。どうせすぐに飽きられて捨てられるわ。ざまあみろだ。五杯め。 はぁ、謝ってきたってもう手遅れだよ。もう好きな気持ちなんて爪の先ほども残っちゃいない。ってか、眠い。 あーあ、帰ってシャワー浴びて寝るか。でも動くのダルいなー。このまま寝ちゃおうかなー。ちょっとだけ、ちょっとだけ。 ……あれ? なんかフワフワしてると思ったら私歩いてるじゃん。 なんだなんだ、家に帰ってるのか私。偉いな。 ん? それにしてもなんか歩くの楽だな。雨すごく降ってるのに濡れないし。えっと、お隣で肩を貸してくれているこの人、誰? 「えっと、すみませんね、どーも」 「はは、めっちゃ酔ってますね。大丈夫ですか? もう少しでアパート着きますんで」 「はい。良かったです」 「濡れてませんか? すみませんね、あまり大きくない傘で」  なんだいい人だな。人のこと気にしてるけど自分の方が濡れてるじゃない。私に肩を貸しつつ、傘を差しつつ、たいへんそうなのにニコニコしている。 なんか見たことあるけど誰だっけ? 「あの、すみません。名前?」 「俺ですか? 川上です。隣の部屋に住んでる川上悠人」 「ああ、お隣さん。道理で見たことあると思った!」 「ええ、俺もさっきそう思いました。このお姉さん、すごい飲んでるけどどこかで見たことあるなって」 「飲み過ぎちゃってすみません」 「いえ、いいですよ。誰だって羽目を外して飲みたくなるときありますよね」  はー、何、すごい優しい。理由を聞かないのいいね。フラれたばかりの傷ついたところにじわりじわりと染みわたりますなぁ。 お、アパート見えてきましたね。住み慣れた私の家。あー、眠い。帰ったらとりあえず寝よっと。シャワーはまた明日。 今日ぐらいいいでしょ? いいよね。 「はい、着きましたよ。鍵、出せますか? そうそう。はい、開けて。すごく眠そうだけど入ったらドアに鍵掛けてから寝てくださいね。それじゃあ、おやすみなさい」  外が薄暗い。小降りだけど、まだ雨が降ってる。 時間はもう十時過ぎてるのか。ずいぶん寝たな。 えーっと。何となく覚えてるぞ。 昨日は居酒屋で飲んで、酔っ払って、お隣さんに肩借りて歩いて帰ったんだよね。 はぁ、めっちゃ恥ずかしい。最悪。 とりあえずシャワー浴びて洗濯して……雨降ってるし、室内干しだな。 あーあ、次に会ったときどんな顔すればいいのやら。 まぁ、いいや。とりあえずシャワー、シャワー。 「で、洗濯機回してっと」  熱いシャワーを浴びてすっきりした頭でいろいろ考える。 お隣さん、川上悠人さんって言ったっけ。今度御礼言わなきゃな。 そんなことを考えながら部屋の掃除。 そうだ、あいつの写った写真とか一緒に買ったペアリングとか買ってもらったプレゼントとか全部捨てよう。 明日のゴミ出しでまとめてポイだ。ざまあみろ。 せっせせっせと過去の思い出をゴミ袋に詰め込んでいるうちに洗濯機が洗い終わりを音で知らせてくる。 洗い終えた服やタオルを洗濯かごに放り込む。 部屋干しするかと思ったが、ふと窓の外を見れば雨は止んで雲の切れ目から陽が射していた。 「おー、雨止んだじゃん。湿度はあるけど外に干した方が乾くかな?」  様子をみるのにベランダに出てみる。 雨上がりの匂いがふわりと風に乗って鼻腔をくすぐる。 「こんにちは」  ふいに横からかかる声。 お隣のベランダを見ればそこには昨夜お世話になったお隣さん、川上さんの笑顔があった。 「あ、こんにちは。昨日はご迷惑をおかけしてすみませんでした」 「いえいえ」  爽やかな笑顔。 めっちゃ好青年。 「二日酔いとか大丈夫ですか?」 「私、どれだけ飲んでも翌日には残らないんですよ」 「へぇ、それはすごい」  屈託のない、いい笑顔。 雲の切れ目から覗いた太陽みたいな。 「あの、川上さん」 「はい、なんでしょう?」 「昨日の御礼をしたいんですけど、何かほしいものってありますか?」 「ほしいものですか?」 「はい。あっ、でもあんまり高い物は無理ですけど」  車が欲しいとかパソコンがほしいとか言われてもちょっと無理。デパートのお菓子とかハンドクリームとかそんな感じでお願いします。 あ、わざわざ言わなくてもわかるか、そんなこと。って言うか、男の人でハンドクリームはないか。お酒かな。あ、お酒飲んで迷惑かけた酔っ払いがお詫びにお酒を買うってどうなの? 「御礼なんていいですけどね。でもせっかくだからそうだなぁ」  少年みたいなキラキラした目をして。川上さんってかわいい系でもあるわけですか。そうですか。 なんか一生懸命考えてくれるの嬉しいな。 「あー、じゃあ今日の夜、一緒にご飯食べませんか?」 「いいですよ。御礼なんで、支払いは私で」 「いやいや、一緒に食べてくれるだけでいいんで」 「えー、そんなの御礼にならないですよ」 「いやいや、なりますよ」 「そんなことでいいんですか?」 「はい。じゃあ十八時くらいになったらお声掛けますんで」 「わかりました。よろしくお願いします」  ん、なんか決まってしまった。 いいのかな。まぁいいか。 とりあえず洗濯物を干しますか。 雨上がりの空、青空に燦々と輝く太陽。
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