繊細なあなたと 14

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今日は久しぶりに家族4人でドライブをしている。運転席に座る父とその隣に座る母は、なんとも楽しそうにテンポの良い会話を繰り広げている。 しかしそんな両親とは対照的に後部座席の由希ちゃんと私は、死んだ魚の目をしていたのだった。というのも――― ―――数日前 家族四人がそろった夕食の席で、お父さんが由希ちゃんに日曜日の予定を尋ねた。それに曖昧に答えた由希ちゃんが気になり、私は 「その日って水着選びの候補日だったはずだから、きっと空いてるよ!」 と元気に言い放った。由希ちゃんの意図を微塵も考えることなく... この日曜日の予定というのは、ずばり親戚の集まりであった。 夕食後、由希ちゃんは私の部屋にやって来るや否や、 「琴子~行きたくないよ~どうしよ~」 そう言って彼女にしては珍しく私に縋って来た。 「そんなにお父さんの親戚の人たちと仲良くないの?」 「?」 きょとんとした顔が私をのぞく。そして次に口を開いた由希ちゃんはとんでもないことを言うのだった。 「え、ちがうよ。日曜に行くのはお父さんの実家じゃなくて、お母さんの実家だよ。」 「!?!?!!?聞いてないけど!!!!!」 阿鼻叫喚。私は親戚の集まりが大大大大大嫌いだ。 「もうお父さんたちの中では、琴子が行くのは前提だったのかな」 「やだやだやだ!由希ちゃんどうしよ~~~」 そう言って形勢逆転し、今度は私が由希ちゃんに縋りついたのだった。 ―――祖父母宅へ向かう車内 「着いたよ~」 軽快に声をかけて来るお母さん。 …ついに着いてしまったのか 私と由希ちゃんは神妙な面持ちで車を出た。 「やばい琴子、私ちゃんとやれるかな。金髪だし、けっこう派手に見られやすいからがっかりされそう」 柄にもなく弱音全開の由希ちゃん。 そんな彼女に「大丈夫だよ」と励ましの言葉をかけた時、私のわずかなHPをゼロにする声が聞こえてきた。 「@:[3$&kfey~ラ!!!!!!!!!」 「/4gau##&@hy―――!!!!!」 甲高い叫び声。口から発する内容に意味はないのだろう。 この声の正体は、私の幼い従弟(いとこ)たちである。 ―――「久しぶりやね~」 玄関口へと赴くと、すでに到着していた叔母さんが出迎えてくれた。 私には三人の叔父・叔母がいる。彼らはいずれも結婚して子供を授かっている。 家の中に入ると、居間では祖父と叔父らがすでに酒を飲み始めていた。片や台所では祖母と叔母らがせっせと食事の準備をしているのであった。 「はいはい!着いたなら友恵たちは手伝って!」 叔母さんの呼びかけを境に、お母さんと由希ちゃんは台所、お父さんは居間へと向かっていった。友恵は、私のお母さんである。 由希ちゃん、頑張れ...!!!! 私はガチガチに緊張して、叔母さんたちに挨拶をする由希ちゃんに激励の念を送りながら、その場を後にした。 私は食事の準備をしないのかって? 私は“子ども”カウントなので、いとこ達が騒いでいる畳部屋行きである。 というのも、小学校5年生の頃、大騒ぎする従弟の相手をするのが嫌になり、「私もお母さんや叔母さんと一緒に準備がいい」と申し出たことがあった。 しかし、結果は最悪だった。お母さんはともかく、叔母さんは言葉や口調が強い人なのだ。 私の手が滑り、卵を床に落としてしまうと、 「ちょっと!なにやってんのよ!もう~!」 と言って大げさに私をなじるのである。 「遊びたいなら、畳部屋行ってなさい」だの「ちゃんと見てないから集中力が云々」だの、ひとつのミスで針のむしろだった。 だから、私はどちらかと言えばマシな“子ども”扱いに甘んじるのであった。 …嫌なこと思い出したな、なんて思いながら畳部屋のドアを開ける。そこには、限度を知らぬ“小熊”4匹が暴れまわっていた。 私の“いとこ”にあたる子は4人いる。一見、こどもが多い方が楽しいのでは、と思われるかもしれない。 しかし、考えて欲しい。その4人の中での最年長は8歳なのだ。上から順に8歳、7歳、4歳、4歳である。 中学2年生の私と小学2年生以下のいとこたち。果たしてこの集合で私はどのような立ち振る舞いをすればよいのだろうか。 ちなみに私は一人っ子である。小さい子の扱いなど、ほぼ経験がない。 ――ドンッッッ 勢いよく何かがぶつかってきて、私は体勢を崩しそうになっていた。 何かと思い、足元に目を向けると元気いっぱいの8歳児と7歳児が私にしがみついていた。 「おにごっこしよーぜーーーー」 これから食事ができるまでの間、私の体力は持つのだろうか... ―――そのころの由希奈 「由希奈ちゃん!あの秀優高校の出身なのね~賢いわ~」 キッチンでトマトを切っていると、となりにいた叔母にあたる女性が話しかけてくれた。 完全なるアウェーで孤独感を感じていたから、彼女の歩み寄ってくれる姿勢は非常に嬉しかった。しかし、 「あ!ちょっと!!それ切り方違う!!!!!」 そう語気を強めて指摘されびくっとする。 「普通、サラダのトマトは薄切りでしょうよ~。まあこんなの進学校では習わないから知らないか」 そう言って大げさなため息をつき、やれやれ顔の彼女。私は琴子がここに来ることを大いに嫌がっていた意味が、この一瞬で理解できた。 なんか、あれだ。バイト先のお局おばさんの、あれだ。 その後、ことあるごとに「叔母さん」たちからミスを指摘され続けた私は、お役御免を言い渡され、食器やお酒を居間まで運ぶ任を授かった。 正直、台所でメンタルをやられるくらいなら、こっちの仕事のほうがありがたい、なんて思いながら、台所と居間を往復する。 「由希奈ちゃん!こっちこっち!」 そう言って手招きするのは、「叔父さん」にあたる人物。 私が近づくと無言でグラスを差し出してくる。 あ、お酌しろってこと? 今どき、まだそんな文化あるんだ。 一瞬、冗談かと思い隣にいた父や別の「叔父さん」にも目を向けてみたけど、彼らは何でもないように会話を楽しんでいる。 ――お酌するのは普通のことなんだ。 そう思い、差し出されたグラスにお酒を注ぐ。 「次からは言われる前に気づこうな。社会に出たらこれくらい普通だぞ~」 そう宣って、「叔父さん」は会話に戻っていった。 私は一瞬固まってしまったものの、気を取り直して空き瓶を台所に運んだ。 田舎だな、やっぱり。 一連の出来事を思い返し、そう思った。ステレオタイプの男と女の像。それは、自分が子供の頃にも見ていた光景だった。 何年たっても変わらないもんだな。 子どものころはこれが普通だと思っていた。男女で役割が決まっていることが。けれど、大学進学を機に“むら”を出てから気づいた。 この“むら”が時代錯誤なだけ、だったのだと。 けれど、それを私が理解したからといって、何かが変わるわけではない。“むら”は“むら”のままだ。 ここで私が「これって男尊女卑ですよね」なんて言ったって、きっと何も変わらない。 「お酌しろ」と宣う叔父さま達は笑うだろう。台所で必死に自身の優位性を主張する叔母さま達は、若者の戯言だと一蹴するだろう。 私はこの集団にとって、血縁関係のない「よそ者」だ。 郷に入らば郷に従え そう心の中で唱えて、私は任じられた食器運びの仕事に励んだ。 そして、もう二度とここには来ないと決めたのだった。 ―――「~~~!!!!!!」 私は4歳の碧ちゃんを前にして尻もちをついていた。なぜなら、今彼女にすごい剣幕で突き飛ばされたから。 え、注意しただけのつもりだったんだけど。 わんわんと泣き出す碧ちゃんを前に、私は立ち尽くしてしまっていたのだった。 ことの顛末はこうだ。鬼ごっこに興じていた、私含め子供たち5人。 鬼になった碧ちゃんは、逃げる流星くん(4歳)を捕まえるため手を伸ばし、勢い余って彼を壁に押してしまい、流星くんは勢いよく頭をぶつけてしまったのだ。 私は流星くんに駆け寄り、彼をなぐさめる傍ら、碧ちゃんにも声をかけた。 「力いっぱい背中を押したら、ころんだり、ぶつかったりして危ないよね?流星くんにごめんなさい、しよっか」 私としては精いっぱい柔らかく声をかけたつもりだった。けれど、彼女は私に怒られた、と感じたらしく碧ちゃんもまた泣き始めてしまった。 わんわんと泣き叫ぶ4歳児ふたり。彼らの様子に飽きたのか、7歳と8歳の従弟らは知らん顔でじゃれ合っている。畳部屋はもはやカオスだった。 もう、どうすればよかったんだろう… そう私まで泣きそうになっていると、部屋のドアがガラッと開く。 「ごはんだよ~」と優しい声で声をかけてきたのは、祖母だった。 祖母は、泣きわめく碧ちゃんと流星くんにぎょっとした後、「先に居間に行ってなさい」と私と他ふたりに指示した。 私はちゃんとわかっている。祖母の顔と口調には、14歳にもなって子守のひとつもできないのか、という呆れが込められていたことを。 どうするのが正解だったのか、私は泣きそうになる気持ちを抑え込めて、居間へと向かった。 居間には大きな長机の上に、これでもかというほど豪華な食卓が広がっていた。 そして部屋の奥の祖父・叔父らはすでに顔が赤くなり、笑い声も大きくなっていた。 そんな明るい雰囲気でありながら、私は碧ちゃんを泣かせてしまったことが頭から離れず、今にも泣きそうな顔で由希ちゃんの隣に着席した。 すると、隣の由希ちゃんが声をかけてくれた。 「琴子、お疲れだったみたいだね」 私の顔色を見てそう思ったのかな。 由希ちゃんの声を聴くだけで私は、苦しい気持ちを吐き出したい、由希ちゃんに慰めてほしいという気持ちでいっぱいになった。 あのね、と私が言いかけて、彼女を見上げると―― ――彼女もまた、げっそりと疲れた顔をしていた。 その瞬間、私は察した。 あ、由希ちゃんも叔母さんから攻撃されたのかもしれない。 そして、彼女の置かれた立場を思い出す。 私は一応、叔母さんらと血縁関係にある。 けれど由希ちゃんは彼女らと赤の他人だ。 ならば由希ちゃんのほうが、より孤独を感じ、傷ついたのではないか。 そう思い至るとともに、自分のことばかりで由希ちゃんのことを慮ることができなかった自分が情けなくなった。 ここは、私が由希ちゃんに寄り添う番だ、そう思い、 「由希ちゃ――」と、私が口を開いた瞬間。 より大きな声で私の声はかき消されてしまった。 上座で顔を赤くした叔父さんが由希ちゃんに絡み始めたのだった。 「由希奈ちゃんは今大学生なの?」 「はい、そうですね、隣の県で大学生をしています」 外行きの、お行儀のよい感じで質問に答える由希ちゃん。けれど対照的に、酒に酔った叔父さん達の目はどこか下卑たかんじがしたのだった。 「へえ~今の大学生はこんなに派手な見た目しとるんじゃねえ~」 「今は女の子でも、外の大学になんか行くんじゃねえ~」 ネットで言えば炎上不可避の言葉が並べられていく。けれど、ここの席ではずっとこれが“普通”だった。 「それにしても由希奈ちゃんかわいいから、男なんかとっかえひっかえなんじゃろ~」 ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべながら、そう発された言葉。 これはさすがに、アウトなのでは?そう思ったところでお母さんが割って入った。 「ちょっとお兄ちゃん達いい加減にして。ごめんね、由希奈ちゃん」 普段なら叔父さんたちもここまでの発言しなかっただろう。けれど、酒が回り、目の前に美しくて若い女が現れた、それも赤の他人の。彼らにとって由希ちゃんは家族ではないから。 私は、この食卓が、この親族という集まりが、ものすごく気持ち悪く思えたのだった。 大方、食事をしていると子供たちは早々と「お腹いっぱい」と愚痴をこぼす。 そして次々と畳の部屋へと駆けていったのであった。 幼い子供たちが畳の部屋へと消えて行ってしばらくした頃、叔母さんやお母さんが食器などを片付け始めていた。 「ほらぼさっとしてないで、由希奈ちゃんも手伝って」 そう呆れた、と言わんばかりの口調で促す叔母さんに、私はなんだかものすごく腹が立った。 「なんで、叔父さんたちには何も言わないのに、由希ちゃんにだけそんなに偉そうなの?」 「…は、?」 私の発言に、その場にいた大人みんなが固まっていた。一気に集まる視線に怖気づきながらも、私は怒りに任せて言葉を続ける。 「そもそも女の人だけが食事の準備も片付けもして、男の人は座って待っててもいいなんておかしいよ。男女平等って教科書に書いてるくらい当たり前のことなのに、なんで家族間ですらできてないの?」 「あのね~子供には分からないと思うけど、大人になるといろいろと分かってくることなの。それに、ここは家族なんだから皆が楽しくやれるなら、それでいいでしょう?」 「じゃあ叔母さんたちは、なんでさっきの叔父さんたちのこと止めなかったの?明らかにセクハラだったよね。私や由希ちゃんには攻撃的なくせに、叔父さん達には何も言えないの?何も言い返してこない弱い者には強くなれるの?」 早口に私がまくし立てると、イライラをそのまま表情に出した叔母さんがこちらに向かってくる。 私は、威嚇するように大声で 「それってすっごく浅ましいと思う」 私はそう言い放って、由希ちゃんの手を引っ張り、荷物をまとめて家を出た。 後ろからお母さんが追いかけて来るような気配があったが、それすらも鬱陶しかった。 とにかくとにかく、あの家からあの集団から逃げるように、ひたすら由希ちゃんの手を引っ張りながら走った。 後ろから追手の気配が消えたころ、私たちは木陰で息をおちつけるために立ち止まった。 「ありがとう、琴子」 荒い息遣いの中、由希ちゃんが声をかけてくれる。 私は照れたように首を振った。 「私こそ、由希ちゃんがいちばんアウェーで孤独なはずだったのに、気づけなくてごめん。」 「琴子にとっては、血のつながりのある親戚だよね?助けてもらっておいて難だけど、琴子はあれでよかったの?」 「もういいやって。叔母さんも叔父さんも親戚全員、一回離れたい。あの場所は息が詰まるから、そんな関係なら血がつながってようが、もういらない。」 その私の発言に由希ちゃんは良いも悪いも言わず、ただ 「帰ろっか」 そう言って、私もうなずいた。 そうして、私たちはゆっくりとバス停に向かって歩き始めたのだった。
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