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リルウの部屋
「フロウガン!」
呼ばれて目を覚ますと、彼は激しい頭痛を感じるとともに、自分がベッドの上に寝かされていることに気づいた。
そしてすぐそばに、クラスメイトのリルウがいることを確認した。
「……よかった。死んだんじゃないかってちょっと心配してた」
リルウは微笑みを浮かべて、勉強机に置いてあったペットボトルの水をフロウガンに手渡した。
「ここ、お前ん家か? なんで……」
フロウガンが横になったまま、ペットボトルを受け取る。
「学校の帰りに寄ってみたんだよ。そしたら案の定、アンタがフルボッコにされたまんま放置されてて」
「部活、あっただろ?」
「今日はオフ」
幼馴染みであるリルウと話している間は、フロウガンは頭痛など感じなかった。2人は恋愛関係でも家族でもないが、特別な愛情で結ばれていた。互いに余計なことは考えず、ありのままに振る舞える空気が出来上がっていた。
「あのさ……どうなの? あいつらと縁、切れそう?」
リルウはフロウガンを見やり、背もたれを少し気にしながら勉強机に腰を下ろした。
「心配すんな。お前には関係ねえから」
「は?」
リルウは一瞬にして、心の底から怒りがドッと噴き出た。
普段通りにいけば、ここで2人の意見がぶつかってケンカに発展する。酷いときはつかみ合いになることもあるし、お互いに頭を叩いたり頬にビンタを食らわせたりする。
だが、今回は相手がケガ人なので、リルウは手を出すのをやめた。
「お前はいわゆる、一般人なんだ。俺たち暴走族ってのは、道を外れちまった存在なんだ。つまり、お前らとは違う世界を生きてる。で、俺はまだそこから足を洗っちゃいない」
「だから『カタギ』のわたしは手を出すな、って言いたいわけ?」
「そういうこと」
「そういうこと、じゃない!」
リルウは背もたれに預けていた体を、バネのように跳ねさせて起こした。そして、部屋着のシャツの半袖を肩いっぱいまでまくって、フロウガンに詰め寄った。
「うちら、そんな薄っぺらな仲だったわけ?」
「何が薄っぺらなんだよ?」
フロウガンもベッドから起き上がり、両手で背中を支えながらリルウを睨みつけた。
「暴走族とカタギで生きてる世界が違うから、って言われて引き下がれると思う?」
「引き下がれよ」
「バカ」
リルウは諦めて、そっぽを向いた。
そして力なく勉強机に戻り、脇に置いてあったカバンから教科書とノートを取り出して宿題をやり始めた。
「アンタとは、もうちょっと深い仲だと思ってたんだけどなぁ……」
シャーペンを動かしながら、リルウはノートに向かってつぶやくように言う。
「……深い仲だと思ってるよ」
フロウガンがうつむきながらボソっとつぶやくと、
「ああ? ちゃんと言ってくんない!?」
とリルウが牙を剥く。
「俺とお前は深い仲だって、分かってるってんだよ!」
フロウガンはそう言い放つと、顔中の汗を乱暴に拭った。
顔はミミズ腫れのように赤くなり、目は正面を向きたくないと言わんばかりに泳いでいた。
「分かってんなら、なんでわたしの手を借りないのさ?」
「お前を巻き込みたくねえんだよ」
再び彼の声のトーンが下がった。顔はシーツのほうを向き、首が少し痛んだ。
と思うと、さっきまで感じていなかった頭痛が再び彼に襲いかかり、それに呼応するように体全体が痛みだした。まだ彼の体は回復しておらず、リルウとの会話が切れたのに便乗して、SOSを発信したのだった。
「痛てててて……!」
「あーもう、世話が焼けるなあ!」
リルウは苛立ちながらベッドに駆け寄り、フロウガンがベッドに横たわるのを助けた。
「よせよ、この野郎!」
彼はリルウに対して随分抵抗した。しかし相手は力いっぱいにシーツの上へ押し込めてきて、これ以上暴れると傷が悪化するとさえ思われた。仕方なくフロウガンは力を抜き、リルウのなすがままに仰向きになった。
「しばらく寝てな」
「……」
フロウガンは憮然としたまま、すぐ近くの壁のほうを向いた。
「アンタ、明日も奴らのとこへ行く気でしょ?」
リルウは勉強机に戻り、宿題の続きを始めた。
「……」
だんまりを決め込んでいたが、フロウガンは内心を感づかれたことに驚いていた。
「……アンタのそういうとこ、気に入った」
「……なんでだよ」
「わたしとアンタの仲だってのに、大親友だって分かってんのに、わたしの手は絶対借りようとしない。絶対、1人で事を済ませようとする」
リルウは手を止め、壁に貼ってあったサッカーチームの集合写真を手に取った。
ちょうど真ん中の位置に、背番号10をつけた小学生の彼女が映っている。
「……アンタはイイ奴だね。わたしも見習わなきゃ」
リルウは小学生の頃、地域を代表する強豪サッカーチームである「ナウス・ブルーキッカーズ」のアンダー12部門に所属していた。
はじめは友達に誘われて気軽に練習参加をしていたのだが、やがてコーチに才能を見込まれ、正式な契約に至った。
公式戦では何度も先発メンバーに選ばれ、ゴールを決め、アシストをし、チームメイトから厚く信頼されるようになった。
あれよあれよとレギュラーに定着するうちに、リルウは自分がチームで一番偉いと錯覚するようになった。競争相手であるはずのチームメイトたちは、誰もが彼女のジュニアユースへの昇格を確信していたし、少しくらい手を抜いても、彼女のチーム内での地位が揺るぐことはなかった。
しかし、中学生になる4月のはじめに発表された昇格メンバーには、彼女の名前はなかった。チームメイトたちは驚いた。
監督は素質に気づかなかったのか、それとも彼女に無関心だったのか、はたまたすべてを見抜いた上での決断だったのか……今は連絡も取っていないため、理由は分からない。
それ以降、彼女はサッカーから身を引いた。
リルウは思い出を振り返るうちに、1匹狼で、向こう見ずなフロウガンが羨ましくなった。見えない道を探して彷徨う地中の生物のような貪欲さがあったなら……と深い後悔の念が生まれた。
フロウガンはぐっすりと眠っていた。うがいのようないびきをかきながら、手足をあちこちに曲げ、服を乱している。実にだらしない寝相だった。
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