ミミズ

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ミミズ

○  ニュースの予報では、その日の午前中にかけて大雨が見込まれる、と伝えられていた。  テレビのキャスターや気象予報士は、テレビの向こうで眉をひそめている。  リルウが学校へ行く頃には、すでに寝室のフロウガンの姿はなかった。  彼女の両親は、胸を痛めていた。  暴走族でのトラブルに巻き込まれ、ボロボロになった姿は衝撃的だった。  特に母親は、小学校の入学式でイザコザを起こして以降、彼に対して申し訳ない気持ちを抱えたまま日常生活を過ごしていた。 「あの子は、大丈夫なの?」  玄関先で止められた娘は、 「……大丈夫だよ」 と歯切れの良くない返事をした。  すぐに振り返って出かけてしまったためにほとんど見えなかったが、リルウの表情は気がかりなものだった。  口元は笑っているようでもあり、しかしその目は悲しんでいるように見えた。友達として、強がりのフィルターをかけていたのだ。 ○  雨は強く降り続いており、地中からミミズが元気に這い出していた。  昨日深夜に雨が止んだせいで、干からびた死骸が何体も転がっている。それらは残念ながら、雨を浴びても生き返ることはない。  ボスロートの前に現れたのは、昨日と同じ格好のフロウガンだった。  気絶するまで殴り倒してやった、そのときのままだった。学ランはところどころ破けたり、泥の痕がついたりして汚い。  そして顔には自分と仲間がつけてやった傷やアザが何ヶ所も残っている。手当を受けた形跡はない。 「お前、誰にも助けてもらえなかったんだな」 「いいや、助けてもらったぜ」 「誰に」 「幼馴染みの女」 「……ハハハ!」  ボスロートが1人で、高笑いを浮かべた。 「助けるんだったら、まず傷の手当ぐらいするだろうよ。薄情な女だな」 「薄情じゃねえ! あいつはずっと親友だ」 「どこにそんな証拠がある? オジキの家にも上げてもらえねえで、傷の手当も服を洗うのもやってくれねえ女の家にいたんだろ? お前、みんなからお払い箱にされてんじゃねえか? どうだ、俺らの仲間のままでいたほうがマシだろ?」 「うるせえ!」  フロウガンがにじり寄って、ボスロートの顔面を殴りにかかった。ボスロートは冷静にその腕をつかんで、白羽取りにしてやった。 「お前ら暴走族には、分からねえってんだよ。カタギの友情ってのは」 「そうか……」  ボスロートはフロウガンの腕を払いのけた。 「じゃあ、テメエを生きて返す訳にはいかねえな。今後、俺たちの邪魔になるだろうし」  ボスロートはフロウガンの胸倉をつかみ、叫んだ。 「死ね、この野郎!」  フロウガンを地面に投げ飛ばすと、それを合図に仲間たちが襲いかかり、昨日のように蹴ったり殴ったりした。  フロウガンはあおむけになったまま、ひたすら拳や足を受け続けた。顔や体の至るところから血が流れ、降り続く雨に溶けて流れていく。  また、その雨が傷を濡らした時には、フロウガンの痛覚を強烈に刺激した。殴る、蹴るに続く凄惨なダメージだった。  やがて大雨が小降りになり、いつの間にか空が真っ青に晴れ上がった。ミミズたちの動きが鈍くなっていった。  フロウガンへの暴力は止まず、本当に死ぬまで繰り返されようとしていた。彼は血まみれになり、口で荒い呼吸をする以外の挙動を見せなかった。呼吸の際にも、口内の傷から流れる血が喉へやってきて、むせることもあった。  あと何回、呼吸できるだろう? もはや、彼の死にかけた指で数えられるくらいまで減っていたかもしれない。 「ちょっと、アンタたち!」  声のするほうに振り向くと、ピンクの髪をポニーテールに結んだ、体育着姿の少女が立っていた。  裏の中学校の備品と思われる、サッカーボールを脇に抱えている。 「なんだよ。関係ねえ奴は引っ込んでろ」 「関係なくないし。わたし、そいつに用があんの」  少女は、腕を一杯に伸ばしてフロウガンを指さした。 「……お前、こいつをかばった女か?」 「そう」 「ロクに手当もしねえで、家でほったらかしにしてたんだな」  ボスロートは蔑むように笑った。仲間たちもそれに呼応して、天高く昇った太陽に向かってガヤガヤ騒いだ。 「……まあ、ロクに手当はしてない。そこは合ってる」 「じゃあ殺してもOKだな?」  ボスロートが拳を握って、フロウガンの目の上にかざすと、 「用がある、って言ったでしょ!」  リルウはサッカーボールを空中に放り出し、落ちてくるタイミングに合わせてボレーシュートを繰り出した。  渾身の一撃は大砲のように鈍い音を立て、矢のように早くボスロートの顔の中心にストライクした。 「ぐはぁ……」  ボスロートは目を押さえて倒れこんだ。ボールはバウンドを繰り返しながら、リルウの足元に戻っていき、綺麗にトラップされた。 「リーダー!」  仲間たちが駆け寄った。今まで起こした闘争やケンカでは、常にボスロートが優位に立っていた。動揺がモヤのように暴走族たちを包む。 「よ、よくもやったな、この野郎!」  仲間のうちの数人が、リルウに襲いかかった。リルウは彼らに背を向けて、勢いよく駆け出した。 「逃げんのか!」 「怖気づいたのか!?」 「邪魔者になるんだ、消すぞ!」  彼らがリルウの背中に手を伸ばした時、すでにその背中は掴めないほどの高さまで上がっていた。  暴走族たちが困惑していると、目の前の光景がガラッと変わっていた。  リルウは地面から足を離し、頭よりも高く右足を振り上げている。  ボールが蹴られた瞬間、ポニーテールが揺れ、彼女の鬼のような表情が現れ、そして矢のようなオーバーヘッドキックによるシュートが暴走族たちを襲った。  ボールが暴走族たちに当たって跳ね返り、また別の仲間を襲った。彼らはボウリングのピンのようになぎ倒されていった。まともに食らった彼らは、捨て台詞を吐く間もなく、気絶した。  背中で受け身をとったリルウは、 「ふぅ~……」  と一息ついて立ち上がり、フロウガンの元へ向かった。    フロウガンは自力で起き上がっていた。 「……アンタ、見てたの?」 「……助けてくれたんだな。ありがとう」 「水くさいなあ。アンタ、普段は絶対言わないじゃん、そんなこと」  リルウは安心して、高々と笑った。 「これで、足を洗えるね?」 「……ああ。本当に、ありがとよ」  地面の上には、気絶した暴走族たちとともに、地表に現れたミミズたちが干からびて息絶えていた。
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