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空き地で直談判
テレビでは、キャスターがいの一番に台風の予報を伝える。
ナウス町には連日、土砂降りの雨が降っていた。排水溝から小さな噴水のように水が溢れ、町の景色はモノクロ写真のように灰色に染まっている。
アスファルトには小さな川ができ、ナウス中学校の裏にある空き地の芝には、水たまりがあちこちに出来ている。
足を踏み入れれば激しい水飛沫が起こり、隣の人の靴や足のスネあたりを濡らすし、また踏んだその人の靴も染みるだろう。
雨の日には、これを大概の人間が嫌がる。
しかし、人生をかけた大事な用件というものは、雨が降ろうが槍が降ろうが、遂行されなくてはいけないのだ。
1500ccは下らないような大型バイクを脇に据え置き、ボスロートは激しく怒鳴った。
「タダで抜けられると思うなよ!」
彼は座っていたドラム缶から飛び降り、芝生の上で仁王立ちになった。
彼の左脚が水たまりを踏み、脇に控えていた仲間たちを何人か濡らした。
この雨中にも崩れない金髪のモヒカン、灰色の町中でもキラリと光る鼻ピアス、無造作に生やした黒ひげが顔を構成している。控えている仲間たちも、ほとんど同じいでたちだった。
そして、バスケ部のような無地のタンクトップに、黒い短パンを腰の位置で履いている。その腰にはチェーンが巻いてあり、露出した腕や足からは紺や赤で塗られたタトゥーが威厳を持って彫られている。
まさかこの連中を見て、空き地の裏の学校に通う中学生たちだとは誰も思わないだろう。
一方で、彼らの正面に立つフロウガンは少しだけいでたちが違った。
銀色でボサボサの髪は肩にかかるほど長く伸び、前髪は右目を覆っている。入れ墨はどこにも入れておらず、ピアスの跡はない。
もしそれらの痕が残っていたとしても、ナウス中学校の学ランを身にまとった彼の外見からは判断できないだろう。
「俺らんとこへ入る時、お前は『世の人間が信用できねえ』って転がり込んできたよな? それがなんで今頃、『友達との時間を大事にしてえ』って出ていくんだ?」
「変わったんだよ」
フロウガンは拳をぐっと握りしめ、左目には血を走らせた。
「二親にすっかり見放されてよ、それがどれだけ異常なことかを学校で思い知って、お前らのとこへ身を寄せた。人生、もうロクに生きていけねえと思ってたんだ。だけどよ、人生ってのは、親だけじゃねえ。友達ってのがいるんだ。俺の存在を受け止めてくれる奴が」
「俺たちは、お前の言う『友達』じゃねえ、ってのか?」
ボスロートが怪訝な表情を浮かべ、1歩前ににじり寄った。
控えている仲間たちは、一触即発の緊迫感に内心怯えていたが、ボスロートと同じ姿勢、表情を作るのに精を出した。怒りの矛先が自分たちに向けられるのを恐れたためだ。
「ああ。昼間はロクに学校にいかねえで万引き、カツアゲ、近所へのカチコミに明け暮れる。夜はバイクを乗り回して騒ぎまくって、タバコに酒にクスリまでやって。俺の言う友達ってのは、その時間はぐっすり寝て、翌朝から日中にかけて、学校で明るくおしゃべりをするもんだ」
「何だと、この野郎!」
ボスロートがズカズカと歩き出し、フロウガンの横顔に張り手を食らわせた。
「お前らもやれ! こいつは裏切り者だ!」
仲間たちもボスロートにならい、堰を切ったようにフロウガンに襲いかかった。
彼らが蹴ったり殴ったりするうちに、フロウガンは体を守ろうとうずくまる。それをこじ開けようと、暴走族たちはさらに手や足を乱暴に振るう。
フロウガンはなんとか頭だけは守ろうと努力したが、覆う腕や無防備な背中に攻撃を受け続けるうちに、ついに体が地面に横たわった。
暴走族たちはそのまま蹴り、殴り、踏みつけるのを続けた。守るすべを失ったフロウガンの体はやがて、ピクリともしなくなった。
「行くぞ。こんな奴は置いといて、今日は隣の中学の体育館に突撃だ」
「おう」
「おーう」
「いぇっさー!」
声を上げて仲間たちは忠誠心を示した。そしてバイクにまたがり、彼らは灰色の景色の中に消えていった。
道にはミミズが大量に現れており、土の中にある栄養を探して、ウネウネ動き回っていた。
地表にそんなものを探したところで、出て来ないのは明白だ。だが、彼らは元気一杯にウネウネとうごめいていた。
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