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「今夜のナイター観戦はね、剛史さんからの誕生日プレゼントなの」
母がそう言って、「ほら」というように、背中を見せる。18の背番号と、ローマ字でエースの名前が書いてある。
「3人お揃いだぁ」
と佳代は笑ってから、「でもさぁ……」と剛史を見て、
「驚かせる相手が違くない?」
「ん?そうか?」
「そうでしょ。普通、誕生日のお母さんでしょ?驚かせるのって」
「まぁまぁ、その辺はご愛敬で」
母が間に入るように言いながら笑う。
隣では剛史も笑っている。
父が急死し、母は苦労して佳代を育ててくれた。
大学まで出してくれて、今は大手企業で働きながら、こうして優しい彼もいる。
それもこれも、母のおかげなのだ。
「ねぇ、剛史さん」
佳代が訊く。
「ナイターが中止だったら、どうなってたの?」
「中華街で食事」
「えっ?そうだったの?」
今度は母が驚いている。
「すいません。それはそれでサプライズにしようかと思ってたんで」
と、頭を掻く剛史に、母が
「でも、この恰好で中華街って、恥かしいわよ」
「いえいえ。その時はもちろん、普通の恰好ですよ」
「そりゃそうでしょ、お母さん」
佳代と剛史に突っ込まれた母は、
「そりゃそうだ」
と言って、ペッと舌を出した。
三人の笑い声が響く。
「それにしても……」
と、母が空を見上げ、
「雨が上がって、良かったねぇー」
さっきまでの雨が嘘のように、青空が広がっていた。
「さっ、今日は絶対勝つぞ」
「おう!」
剛史の音頭に、佳代と母が乗っかりながら、スタジアムの入口へ向かう。
将来、この3人で、何度もここに来ることになりそうだと、清々しい空気を吸いながら、佳代は考えていた。
そして、雨上がりの記憶が、幸せなものへと塗り替えられていくことも……
(完)
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