3人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
2
それは、佳代がまだ小学生になったばかりの頃のこと。
「おっ、ちょうど雨が上がった。じゃ、父さん、ちょっとゴルフに行ってくるからな」
ある日曜日の朝、起きて1階のリビングに降りていくと、掃き出し窓から空を見上げていた父がそう言って、佳代に微笑んだ。
そして、いつもゴルフに出かける時はそうするように、玄関に置いてあるゴルフクラブをひょいと肩にかけると、
「母さんの言うことを聞いて、いい子にしてるんだぞ」
と、もう一度微笑みを向け、出ていった。
看護師の母は、前夜から泊まり勤務で、まだ帰っていない。
スーッと滑り出して遠ざかっていく父のセダンを、リビングの窓から見送る。
母が帰宅するまで、あと1時間くらい。
と言っても、徹夜明けの母は、帰るといつも、佳代のお昼の支度だけ済ませると、
「ごめんね。ちょっと寝かせてね」
と言って、ベッドに倒れ込んでしまう。起きてくるのは、だいたい日が暮れる頃。
ひとりぼっちの日曜日に、涙がこぼれる。
と、目の前にサーッと日が差してきた。
芝生がキラキラする。
誘われるように、掃き出し窓を開け、父のぶかぶかのサンダルを履いて庭に出てみる。
「わぁ……」
その清々しさに、思わず両手を空に伸ばして深呼吸。一瞬、寂しさが吹き飛んだ。
(雨上がりって、こんなに気持ちいいんだ)
幼心にそう思いながら、もう一度、胸いっぱいに空気を吸い込む。と、
「あら、佳代、どこにいるのかと思ったら……」
不意に声が聞こえた。振り返ると、窓辺に笑顔で立ってこちらを見ている母の姿があった。
最初のコメントを投稿しよう!