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「そっか。そんなことがあったんだ……」  黙ったまま、じっくり佳代の話に耳を傾けていた剛史が、そう言って、灰色の空を見上げ、 「分かる気がするよ」 「……ん?」 「雨止まないで、って言った、佳代の気持ち」  やさしい笑みをくれる剛史に救われる。  絹のような雨が、相変わらず静かに降り注いでいる。それが却って、佳代の心に安らぎをもたらす。 「今日はこのまま、止まなくてもいいかも」  剛史がぽろっと言った。 「えっ?いいの?」 「うん」 「だって、エースが投げるんでしょ?」 「でも、うちのエースが投げる姿は毎週見られるけど、今のこの時間は、今しかない気がしてさ」 「えーっ、なんか恰好いいこと言っちゃって!」  剛史の気持ちが嬉し過ぎて、そんな言い方になった。  それから二人は、静かに窓の外の景色を眺めていたが、しばらくして、佳代が、 「あれ、雨……」 「ん?」 「止みそうだよ」 「……ホントだ」  佳代と並んで、剛史も雨脚を注視する。  灰色の空が明るくなってきている。  見守っているうちに、雨脚が途切れた。 「ナイター、できそうじゃない?」 「そうだな。やっぱり、良かったぁ……」 「エースの○○さんが投げるし?」 「それもあるけど……」 「……あるけど?」 「あっ、いや」  含み笑いをする剛史に、 「何?言ってよ」 「後でね」 「もう、気になるじゃん」 「あっ、日が出てきた」 「ホントだ」  うっすら差し込んできた光に、二人は空を見上げた。  それから二人は、背中にエースの背番号と名前の付いたユニフォームに着替え、上から、これもお揃いのカーディガンを羽織ってアパートを出た。
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