cielo blu

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 暗雲が立ち込める関係に、終止符を打ったのはお互い話し合いの上での決断だった。疲弊しきっていた。心が摩耗しそうだった。そんな関係を、もう終わりにしようというのは必然だっただろう。もうどうしようもなく私たちは愛し切ってしまったのだ。気付いてしまったのだ。愛は、たしかに底があったのだと。 「忘れ物、ないよね」  聞いたのは純也だった。 「ないわ」  と、だから私は一応辺りを見回して答えた。同棲を含めて五年を費やした。途方もない時間だ。小学生が高校生になる期間を、あるいは中学生が大学生になる期間を、私たちは棒に振ることになるのだ。 「言い忘れたことも、もうないよね?」  微かに愁いを滲ませた声で、純也が言う。 「……ないわ」  私は、その問いにはすぐには答えられなかった。それでもやはり、ないわ、と言うしかなかった。ありがとうもごめんなさいも、別れ際に言うには湿っぽすぎるのだ。そして、この五年を語るには軽すぎる。  そっと右手を出すと、純也は一瞬戸惑ってからその手を握り返した。握った手の温もりに、ほんのすこしだけ熱いものがこみ上げた。走馬灯のように私たちの記憶が呼び起されたからだった。体温はどうしてこうも長い間触れていなくてもすべてを思い出させるのだろう。そんな刹那の感覚も、悟られないように私は手を離した。これで終わりね、そう心で言って。終わりというのは案外あっさりしたものだな、とどこかで思っていた。空の青さが際立つ、夏真っ盛り。お盆に、私は引っ越しをした。  あれから、もう十年が経としている。名古屋の街は徐々に様変わりして、私の生活もあの頃とは随分と様相を変えていた。引越しを二回して仕事を何度も変え、今は近くのオーダーカーテン屋でパートをしている。もう就職をする気はなかった。会社というのはどこも柵が多ぎるのだ。上司との不倫に、経費の使い込み、上司や部下の愚痴。ありふれているけれど、あって嬉しいことは概ね少ない。それが私が社会で学んだことだった。こじんまりした職場で、些細な陰口を聞き流すくらいで丁度いい。穢れのない世の中などないのかもしれない。それでも、なるべくなら柵に揉まれない職場を選んだっていいじゃないか、そう思えるようになった。
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