cielo blu

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 いつもはカーテン屋の帰りにしか寄らない喫茶店に寄ったのは、今日はすこし疲れたからかもしれない。いつにも増して忙しい上に、お局さんの機嫌が悪かったのだった。  やっているか不安だったが、その店はいつも来たいときにはやっているものらしい。営業時間も定休日も何一つ情報を記載しない看板は、ただ、店名だけを表している。  カラン。  入ると、カウンターに見覚えのある背広姿が見えた。 「いらっしゃいませ」  マスターがカウンターから出てきて、私に笑い掛けた。 「今日も来ているんですね、あの人」  私は、暗にあの日いたのを知っていることをマスターに伝えた。 「ええ。どうやら気に入っていただけたみたいで」 「……今日はカウンターでもいいですか?」 「構いませんよ、どうぞ」  私の言葉にマスターはすこしも驚いた様子も見せずに、男性から二つ空けた席を勧めてくれた。私はそっとその席に腰かけた。すこしだけ緊張した。けれど、どうも前に彼が話していたことが心に残っていたのだった。  初対面の人となら、気兼ねなく話せることってありません?――初対面なら、誰かと話せるかもしれない、そう思ったのだった。もしそうでなくとも、マスターに愚痴でも世間話でも聞いてもらえばいい。今日は誰かと話したい気分だった。  席について、ふと男性の顔を見た瞬間、私の心臓は本当に止まるかと思った。 「えっ、……純…也?」  それはかつて私が愛して、そして、離れた男の顔だった。男性はゆっくりとこちらを振り向くと、大きく目を見開いたのだった。 「桜……」  こんなことってあるだろうか。たしかにあの日、私は純也のことを考えていた。けれど、声を聞いても何一つ、思い浮かぶ節はなかった。聞いたことがある声だな、なんて思いもしなかった。お互い、他人に興味がないからか、あのときどちらも顔を見なかったのだ。 「え、純也の家ってたしか港区じゃ…」 「随分前に転職して引っ越したんだよ。通えない距離でもなかったけど……あそこには思い出が多すぎたから」  それは、私との思い出ということだろうか。彼の逡巡をつい読み取ってしまった。 「今は、どうしてるの?」  私はつい、そう聞いていた。 「変わらないよ。仕事をして、家に帰って、酒飲んで寝るだけ。たまに同僚と飲みに行くのも変わらないかな」  はは、と彼は笑った。どこか気恥ずかし気に言葉尻に笑う癖があったことを思い出す。
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