cielo blu

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「そっちは?」 「こっちは……色々変わったかな。この十年で、仕事は転々としたし引っ越しも一度して。今は二つ仕事を掛け持ちしながら、職場と家との往復かな。よくここには寄るけど」  あなたの初来店の日もお店にいたわよ、そう思ったが口にはしなかった。 「彼氏とか…結婚はしてないの」  不意に純也がそう聞いてきた。その目はたしかに左の薬指を確認していたけれど、私はその答えはすぐに返した。 「いないわ。作る気にもならなかった」  愛が尽きることがあるのならもう始めるなんてする気にはなれない、とまでは話さなかったけれど。 「俺も…」  純也はそう言って、言葉を詰まらせた。当時、純也がどんな思いで別れを決断したのか、私には皆目見当も付かなかった。私たちの心はそれだけ遠く離れていた。ただ、やっていけない、というそれだけがお互いの共通認識だったように思う。 「職場を変えたなら、出会いもあったんじゃない?」  私たちは職場恋愛だった。同棲を機に私は職場を辞めたけれど、続けていたらどうなっていただろう。 「はは、ないよ。もう新しい人間関係はこりごりで。桜を失って…とうぶんなにもする気になれないほどだったんだ。それで、仕事も家も変えて。ようやく生活に慣れ始めた頃には人との付き合い方も忘れてたよ」  痛々しいその表情は、けして別れたくはなかったと訴えているようだった。 「どうして?お互い話し合って、それが一番だって別れたじゃない」  私は信じられない思いだった。お互い納得して、だから別れたのではなかったのか。 「続けることが、あの時は無理だと思ったのは本当だよ。それでも……愛してたんだ」  どんな顔をすればいいのか、まるで分らなかった。ただこの出会いが本当にただの偶然とはどうしても思えない自分がいた。尽きたと思った愛は、彼の中ではあのときまだ(くすぶ)っていたのだ。  好きでも、続けられないときがある。そんなことを、考えたことはなかった。別れはいつだって、もう愛していないとどちらかが、あるいはお互いが思ってやってくるものだと思っていた。私だって、本当はあの頃まだ気持ちは残っていた。だから、ありがとうもごめんなさいも語る言葉を持っていなかったのだ。黒い影がただひたすらに追い掛けてきて、追い詰められた。その正体は、いったいなんだったのだろう。恋が思い込みだとするのなら、あの終わりも思い込みだったのだろうか。
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