cielo blu

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「あのときは、別れしか選べなかったの。だって、お互い傷付けるしかできなくなっていたでしょう」 「そうだね。……また、恋を始めることはできないかな。一からでいい。今度はちゃんとお互い話をして、嫌なことは嫌と言って、たまに譲歩して。そうやってもう一度始めることはできないかな」  思いもよらない告白だった。すべての段階をすっ飛ばして、いきなり核心を突くこの人のこういうところは昔から変わらないな、と思った。純也は最初のデートの日に、付き合ってほしいと言ったのだった。快晴の空のような人だと思ったものだ。清々しくて気持ちがいい人だと。 「ほんとに、変わらないのね。でも、変わらないままだとまた同じことになるから、お互い成長しないとね」  私も、ないと思っていた未練が本当はあったのかもしれない。少なくとも今の純也となら、こうして離れて過ごした後の純也となら、もう一度やり直せるかもしれないと思った。棒になど振っていなかったのかもしれない。あの五年は、私たちにとって必要な時間だったのかもしれない。 「ありがとう。隣り、行ってもいいかな」 「ええ、勿論」  そうして純也が席を移ったところで、マスターが中から顔を出した。 「ね、桜さん。思い出すべきときには思い出すものだったでしょう」  いつもの微笑でマスターがそう言うと、なんのこと?と純也が聞いてきたので、こっちの話よ、と言った。 「では、記念の一杯はなににしましょうか」  そう聞かれたとき、私たちの答えは決まっていた。二人が初めてデートをした喫茶店で頼んだのは、お互いキリマンジャロだった。甘いばかりの恋愛から、苦いばかりの関係に変わった私たち。今度は、ときに甘酸っぱいようなそんな関係を築いていけるように。そして、慣れ親しんだ香りと基調音に囲まれた日々を、今度は続けていけるように。十年間、知らぬ間に降り続いた雨は、やっと止んだようだった。
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