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そんな昔のことを思い出してしまうほど、センチメンタルになっていたのだろう。都会の街でも、平等に誰も彼もが雨に打たれる。
俺も、彼も。
『先輩?』
電話の向こうから、後輩の声がする。突然応答しなくなった俺を訝しんだのだろう。
『何かあったんですか』
目が離せなかった。
向かいの交差点。
元々美しいブロンドヘアだったのに、墨のような黒に染めてしまっていた。目鼻立ちがくっきりしている。カラコンで瞳も黒に誤魔化しているが、本当は空のような蒼なのだ。身長推定185センチ、鍛え上げられた体躯は、これまた真っ黒いパーカーに包まれていた。キョロリと忙しなく視線を動かし、誰かを探しているように見える。
「すまん、赤城。またかけ直す」
『了解』
通話を切って、信号に目を移すと、ちょうど赤が青に変わった。一斉に多くの者の足が動き出す。俺もそれに倣って歩き始めた。
どんなに見た目を変えてもすぐわかるよ。あんなに一緒にいたんだからさ。
閉じ込めたはずの『好き』という気持ちが、あっという間に溢れてくる。ここで会えた奇跡に感謝したい。
前から彼が迫ってくる。
5、4、3、2、1!
「クロム」
「っ!」
すれ違う直前、名前を呼んだ。久しぶりにあなたの名前を舌に弾いた。
ああ、好きだ。
彼はパッとこちらを振り向き、花が咲いたように微笑んだ。
「あゆみ! 久しぶり! 元気だった?」
「ああ、久しぶり」
肩を抱いてくれたクロムの左手の薬指には、真新しい指輪が光っていた。
はい、終了。
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