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死者も寝た子も起こさない
病室のベッドでただただ眠っているだけのような自分の姿をショートヘアの彼女は見下ろしていた。
「無理ですね。長すぎます」
「死神の力でなんとかならないの」
「早口で喋るのは苦手ですし。メールとかで伝えるにしても三十文字をオーバーしてますからね」
と、死神と呼ばれた空中に浮く赤いハイヒールが声を出す。ぱっかぱっかと口であろう部分のバンプを動かすたびに壊れているように見えてしまう。
「口頭なら三十秒、文章なら三十文字って短くないかしら。しかも一回こっきりなんて」
「口の聞けなくなった死人の伝言にしては贅沢すぎだと個人的には思いますがね」
ベッドに眠るショートヘアの彼女を囲むように、生きた人間が増えてきた。年老いた男女に、彼氏であろう若者……白衣を着ている。
「こいつ、白々しいわね。わたしを殺しておいて」
「見た目通りの医者ですからね」
どこか他人事のように話す赤いハイヒールのほうをショートヘアの彼女が睨んだ。
「そこにいるメガネの医者がわたしを殺した、これならどっちでも問題なく伝えられるでしょう」
「ええ……まあ。でもあなたの本心が確実に伝わるとは限らないかと」
「どういう意味よ」
「つまり、医者としての仕事を全うできなかった。殺人ではなくて、あくまでも力不足で逆恨みをしているだけと」
「うぐぐ……凶器について伝えられれば」
「薬物ですからね、専門的な知識があったとしても三十秒や三十文字では不可能ですよ」
そもそも、もう死んでいるのに自分を殺した犯人を咎める必要もないのでは。と喋る赤いハイヒールの言葉を聞き、ショートヘアの彼女が溜息をつく。
「納得をして死にたいのよ。生きている人に、今のわたしの思いを届けてもらえるなら」
にやりとショートヘアの彼女が笑う。
「三十文字だったら日本語でも英語でも生きている相手に伝わるようにしてくれるのよね」
「死者の声を届けるのが、わたしの仕事ですので」
「だったら」
「さあ、連れていきなさい」
「良いんですか……まだ証拠の動画だけしか彼には見てもらってないですよ」
彼氏であろう若者のスマートフォンに送られた謎のURLの動画により、てんやわんやの生きた人間たちの姿が面白いらしくショートヘアの彼女が腹を抱える。
「良いのよ。わたしの思いは伝わったし……みんなの反応に興味は」
メガネの医者がパイプ椅子を蹴りとばした。
「ところで、どうして彼に殺されるようなことに」
「浮気がバレちゃったの」
「やりすぎとはいえ……自業自得なのでは」
「生前の過ちよ、死人には関係がないし。わたしを殺したのはまぎれもない事実」
「なんというか、不憫ですね」
「終わりよければ全てよし……よっ」
スマートフォンからショートヘアの彼女の声が。
「わたしのことは忘れて、幸せになってください」
白々しいそんなセリフは、彼氏であろう若者には届いてなさそうだった。
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