0人が本棚に入れています
本棚に追加
「……織、依織!」
「ん……文香……」
「もう! また詞を書きながらソファーで寝ちゃったの? クーラーがんがんだから風邪ひくよ?」
「悪い」
「久々だよね。依織が曲作るの」
「ああ、この曲だけは俺が作らないと意味が無いからな」
「最近、曲作りはリードギターの人任せなんでしょ?」
「皆、あいつの作る曲が良いってさ」
29歳の夏。
文香と同棲して7年になる。俺は売れないバンドのギターボーカルと楽器屋のバイトのかけもち。
都内で月35万もするマンションの家賃は殆ど文香が払っている。
それでも、彼女は不満を一切言わない。俺の夢を応援している。
「私は依織の作った曲がたくさん聴きたいな」
「あいつらが興味を持たないよ。愁達とは違う……」
「依織……」
高校卒業を機にバンドは解散した。武道館を目指していたのは実際俺だけだったんだ。
愁とは今も仲が良く、今のバンドのライブも時々見に来てくれる。
だけど、未だ俺は昔の夢を見てしまう。
愁達と楽しくバンド活動をしていた日々の。
「文香が俺の作った曲を聴きたいというなら即興で曲作っていくらでも弾き語りしてやるよ」
「う、うん」
なりたかった自分になれているのか? 毎日不安で仕方がない。
たくさん失ってきただろう。けど、文香だけはずっとそばにいてくれた。
叔父が亡くなった時も、バンドが解散となった時も。
君の為に久しぶりにラブソングを書いてみる事にしてみた。相変わらず不器用な俺は歌でしか気持ちを伝えられないから。
「だから、何度も言ってるでしょう? 私には依織じゃなきゃだめなの! 私の好きにさせてよ!」
今日も文香はお父さんと電話をしているようだ。だけど、俺には言わない。
だから、俺も気づかないフリをしている。
俺といる事で彼女は周りから色々言われているようだ。俺がスターだったらきっとこうはならない。
29にもなってまだライブハウス止まりな俺をずっと応援してくれているのは愁と文香だけだ。
文香が眠りにつくと、俺は文香の頰に触れる。
「ごめんな。まだ世界一文香を幸せにできる男になれなくて。ごめん……」
苦しくて苦しくて、涙が流れる。こんな情け無い俺を君は知らない。
「叔父さん、俺はこうなりたくなかった。どうしたら良い……?」
高校生の俺が見たらきっと今の俺は失敗作だ……。
だけど、君を世界一幸せな男になりたくて足掻いている。
最初のコメントを投稿しよう!