《堕ちた天使》

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《堕ちた天使》

 にっこりと微笑んだルゥに構わずにライは砥石で研ぎながらが「人外がなんの用だ?」眼光を鋭くさせる。  するとルゥが困ったように「僕、天使なんだけどな」などと告げてはライが研いでいる短刀を見つめた。 「結構使い込んでいるね。これで戦うの?」 「あぁそうだ。お前は戦えるのか?」 「天使を見くびらないでよ。これでも”風使い”でね。よく師匠みたいな人に(しご)かれていたんだ」  風使いという単語が引っかかった。自分の師匠は風使いだったのだが、ライには剣術と体術を教えてくれたのだ。  その師匠がどうしてライを地獄に堕としたのかは不明だがそこだけは感謝している。 「お前さ、天使ならわからないか? 風使いで剣術も体術もできた奴」  知らないとは思うが一応尋ねてみるとルゥはぽかんとしてから「君はミキ様の弟子か……」少し考え込んだ様子であった。  ミキという言葉にライは反応する。 「お前は知っているのか! あのミキを、双龍のミキと呼ばれていたミキのことをっ!」 「双龍……そうか。――ミキ様の狙いがわかったぞ」  折れた翼がぎこちない動きで羽ばたきながらルゥは完結したように首肯した。自己完結などしないで欲しいとライはルゥの細い肩に手を乗せて力を入れる。  ルゥが痛そうな表情を見せた。 「どういうことだっ! 俺はあいつに復讐してやりてぇんだよ。……俺を地獄に堕としたんだからな」 「いたたた……、そんなに強く掴まないでよ。ミキ様がどうして君や僕を地獄に堕としたのかは知らないけれど、――目的はなんとなくわかった」 「もく、てき?」  ルゥの羽がピンと伸びた。 「恐らくミキ様は僕が居た世界、天空の世界である”オアシス”とこの地底世界の”地獄”を掌握(しょうあく)しようとしている」  ライの黒い瞳が瞬いた。ルゥは息を吐く。 「どうして天と地を司る世界を乗っ取ろうかは知らないけどね」 「……しょうあく、って――――なんだ?」  ルゥがガクッと崩れた。羽も緊張の糸が途切れたようにゆらゆらと羽ばたく。だが馬鹿でアホなライは「わかるように説明しろ」などと研ぎ終えた短刀に鞘を入れてから耳クソをほじっていた。  ルゥが怒りを通り越して呆れる。ミキが自慢げに言っていた噂の弟子がこんなに貧相で馬鹿だとは思いも依らなかった。  だがそれでも優しいなどとルゥは背中に巻かれた包帯を見て薄く笑う。根っからの悪人ではなさそうだ。 「おい、つまりあの~その、乗っ取るっつ~と、世界を滅ぼすとかそういうのか?」 「それもどうかわからない。なにしろ僕の羽を折ってまで僕を地獄に堕とした目的さえも不明だ。……しかも偶然にも君に、ミキ様の愛弟子のライにも出会えた。これはなにかの因果だよ」 「インガ?」 「…………運命だってこと」  「あぁなるほど!」ライは手を打つが「いやどういうことだっ!」などと突っ込みを入れればルゥはふと笑ったのだ。 「僕たちでミキ様の手から互いの世界を守るんだ。だからお願い、――僕に翼を宿らせて」  突飛すぎて壮大すぎる言葉にライは首を傾げると共にどういう反応をすべきか迷った。
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