届けたいカセットテープ

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開演5分前。 客席がどよめく中、斎が影ナレ用のマイクを手に取って開演前の注意事項を読み上げるのは俺たちのライブの恒例。 客席がザワザワしているのが袖にいてもわかる。 袖から客席を覗く。 さっきの高校生カップルを探せば 「…いた。」 最前ど真ん中。ツアーT着てる。2人とも似合ってる。かわいい。 嬉しくて、つい。 「傑。まだ、3分前なんだけど。」 ステージに踏み出しそうになって侑にシャツを引っ張られる。 「もしかして、トモダチ来てんの?」 「いや、アイツは……来てないかな。」 「次は席用意して誘えよ。めんどくさい。」 誘っても返事は来ないんだ。 「きょうは、最前ど真ん中の高校生カップルに向けて歌う。たぶんいちばんノってくれる。」 「ファンサえぐっ。」 袖から離れて4人で集まった。 4人で丸くなって肩を組む。 侑がみんなに視線を送る。 「終わったら美味いビール。終わったら美味い飯。ぶち上がってこう。行くぞ!」 客電も消えて真っ暗なステージに出ていく。 俺がいちばんに目を合わせるのは、最前ど真ん中の高校生カップル。 俺たち『不時着眼鏡と皺加工』は男臭いロックバンドだ。 アイツのやってる合唱や声楽とは真逆で。 それなのに。客席にいたアイツは、いつもどんなお客さんよりいちばん楽しそうに全力で盛り上がってくれていた。 アイツは間違いなく俺の安定剤だった。だから、碌な感想なんか言ってくれなくてもわかってた。楽しんでくれてたって。 SEが鳴る。 俺たちのシルエットが浮き上がって客席が湧く。
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