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「――と、いうわけでね。C班はここの警備をよろしくお願いしまっす」  俺を含め四名の新人警察官は、美術品展示室から少し離れた通路の警備を任された。非常用出入口に近いため、逃げる犯人を取り押さえることくらいはできるかもしれない。犯人――つまり『かたゆでたまご』を。  かたゆでたまごは、昨今不法侵入および窃盗を躍進(やくしん)的に繰り返している怪盗だ。いまどき古典的な『予告状』だとかをターゲットに送り付け、着実に行為に及ぶ。その解読に頭を悩ますのはいつだって警察の役目で、それは推理小説やアニメ、ドラマの世界となんら変わりはない。俺はそのことに結構驚いたし、ここだけの話だがイメージどおりすぎてテンションだって上がった。 「あぁ、それと。最後に確認がひとつ」  頭にギャグ漫画みたいなタンコブを乗せた都築巡査が、整列した俺たち四人をぐるりと見回す。当然それは、さっきのなんちゃって漫才の代償に土橋課長から受けたものだ。  クールな名探偵のように人差し指をピンと立てて、「ひとつ」を表す。タンコブを乗せたままなのでクールさはないけれど。かと思えば、俺たち四人を左から順に一人ずつジロジロと見ていき、突如キュニュと頬をつねってきた。 「いだだだだ!」 「つ、都築さん、力強くないスか?」  更にはギニニニと伸ばし、「痛い痛い」とそれぞれが身悶えする様を観察し始めた。悪趣味極まりない? いやいや、そうではない。これはアニメで何度も見たことがある。 「うーん、変装してる者はいなさそうだなぁ」 「そりゃそうですよ!」 「はー、ほっぺ取れるかと思った……」  都築巡査は変装の確認をしていたんだ。そのことに一人目の時点で気が付いていた俺は、つねられながらだったのに心のどこかでワクワクしていた。怪盗って本当にこんなふうに紛れ込むことがあるんだ! ってね。警察官としては不謹慎だけど。 「あっはっは、すまないすまない! じゃあC班の諸君、よろしく頼んだよ」  多分最後のは土橋課長のモノマネだな、と(よぎ)る。すると腹の底から沸々とおかしさが込み上げてきて、噴き出してしまわないように口の中を噛んでいなす。似てる。なかなか似ていた。 「都築さん面白いな。見た目ガチムチだからもっと熱血漢なのかと思ってた」  都築巡査が去ってから、同期の笠原(かさはら)に雑談をふっかけられる。相槌がてら雑談に乗っかろうと思ったが、代わりに無線が入って強制的に表情や思考を切り換えさせられた。 『こちらA班。対象物のセキュリティに不具合あり。セキュリティ班の確認願いたい』 「ついに来たな」 「ああ、みんな身構えとけよ?」 『こちらセキュリティ班。一旦対象物のセキュリティを解除し、三分以内に復旧させます』  つまり、三分間はかたゆでたまごが盗むとした美術品を人力で護り徹さねばならないってことだ。実にアナログで心もとない三分間だろう。  しかし俺たち警察官が、今夜はこうしてたくさん配備されているんだ。たとえ展示室から持ち出されたとしても、出口前で取り押さえればいいだけのこと。重要なのは展示室ではなく、出入口付近に配備されている俺たちなんだ。  無線で、土橋課長とセキュリティ班がガーガーやり取りを続けている。上辺だけ聴いているけれど、いま俺たちにとって重要なのは、不可解な『物音』や『気配』なんだ。そっちが近付いてくるかもしれない緊張が高まっ――  バツン。なにかが切れたような大きな音がした。
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